砂漠の雨


  砂漠に雨が降る。枯れかけた泉に雨が降る。
 待ちかねた種が一斉に芽吹いて、急ぎ緑の丈を延ばす。砂に浸みた雨が伏流となって、小さなオアシスを潤して進んでいく。

 雨が降り始め、夕刻になっても止む気配がない。
 二羽の鳥の星座が沈むこの季節、西からの厚い雲は雨をもたらす。明日には小雨になり、長く降り続くだろう。
 「神殿に連絡を。捧げた麦穂を下ろし、一晩雨を含ませよと。」
 出て行く臣下の背を見送って、一つ息を吐きだし目を閉じる。声に出さずこの名を呼ぶ、妃の唇を思い描く。

 小さなオアシスの、小さな国。雨を待って種を蒔き、育ててようやくの糧を得る。時期を誤る訳にはいかず、逃す事もできない。判断を違えてはないかと、不安が湧く。
 それでも、種は無事に芽吹き育ち、実るだろう。その一番穂を神殿に捧げて、次回のより早い収穫を祈る。幾度もの、その、繰り返しなのだから。
 小国ながらも、何代もかけて作り育て上げた国。僅かばかりの臣下と民を守るために、重ねた幾星霜の記録と、結び蓄えた知識を絞り出す。

 遠い遠い昔。戦いに明け暮れ、血飛沫浴びて、敗れた。
 緑豊かな国から嫁ぎ、少年の唇に紅を引いて美しい妃になった。いつも側に居てこの腕にもたれ、武具を着ければ声に出さず泣いて、寂しがった。緑を懐かしみ、雨を喜び、泉の畔でこの腕に抱かれて甘え。そして、残された城で命を落とした。
 それを宿命と、どちらもの宿命と言うのなら、この命に出会わせた定めを恨みたい。

 だから、信じよう。転生を。雨が麦を育て、砂に浸みてやがて小さな泉を満たすように、人も姿を変えて、繰り返し生を得るのだと。
 戦って死んで、生まれて惜しまれて、時に王となり時に民草となり、繰り返し生きる。妃に会うまで、妃に出会えるまで。妃がそれを望んでくれるまで。
  
 名を変えて僅かな家臣と隠れ住み、追う手に怯え逃げ、そして今日も妃を懐かしむ。
 寂しさをこの腕に抱きながら、生きる身の今の最善を尽くすべく、聞き識り書き記し、明日に残す。
 
 砂漠に雨が降る。雨はやがて細かくなる。腕の中で声を出さず名を呼ぶ、妃の唇を思い出す。

70◇砂漠の雨◇完◇
◇DC27('25).10◇