タニアの話 seasonU-番外編/まじない師 リュセル・ラル・デュセルの噺V



 小高い丘に、山羊の群れが散らばって草を食む。風がまばらに立つ樹の枝を揺らし、その音を何処かへと運んでいく。
 タニアは、石を積んだ墓の前に立った。
 「ここに、白い人が居たんだ。多分大きな怪我をしていて、動けなかったんだと思う。具合がいい時だったのかな、並んで壁にもたれて、そうすると小さな窓から空が見えた。何も話さなかったけど、優しかった。きっと、結界を張って守ってくれていたんだって、ゼノンが言ってた。」
 他にできないから、出来ることを。天界からともに降りてきた、黒のタニアの信奉者だったのだろうか。その力が尽きた時、山羊飼いの老人が小屋に火をつける。その炎と煙が、何処かに居た母親に急を告げ、山羊の群れに育てられていた幼子を迎えに来させたのだ。
 子山羊が傍らに来て、甘えた声で鳴く。しゃがみ込んでその首を抱きかかえる様は、つい先程までその中に育まれていたように、山羊の群れに馴染んで見える。
 「ずいぶん経ったけど、変わらない。山羊が居て、山羊飼いの爺さんが居て、代わっているけどみんな同じだ。あの人だけが居ない。」
 子山羊を群れに返してやり、立つと、もう一度墓の石積みを眺める。
 「ゼノンなら、すぐ近くに居るはずだ、行くか? ここに居るか?」
 こんな場面では、どうしたらいいやら判らない。
「一緒に居て。」
小さな声で、タニアが応える。こんな時でもタニアはタニアだ、迷うことなく言う。
 「なら、のんびり座ってみるか。」
 言って腰を下ろせば、タニアもすぐ脇にしゃがみこんだ。風が、その長い黒髪をそよがせる。旅をしながら辿り拾ってきた、黒のタニアの姿そのままに。
 「タニアは戦う事しかしなかったから、戦うことしかできなかった。子を産んでも、守ることも育てることも出来なくて、仲間に託した。…可哀そうな人だ。」
 あとは黙ったまま、日が動くのを、麓の小さな町の細やかな営みを、眺めた。静かな時間だった。味わったことのない気持ちだった。
 暮れる頃には、もたれたタニアの頭が重くなっていた。

 日が暮れれば鉱石捜しも出来ない、山を降りたゼノンと合流して町に入る。外れの宿に入れば、食堂にジェイルが待っていた。
「オーッス! ヤマが当たりました〜」
 タニアが喜んで飛びつくのをしっかりと受け止めて、笑う。
 「心配はしてるんだけどさ、皆忙しそうだから。様子、見に来てみた。」
「見に来てみた、って… こっちは予定も何もないのに、よくここに来れたね?」
ゼノンが感心する。
「そりゃ、方角は判ってるから、片っ端から角の“ぬうってしたの”と、黒い髪の女の子って聞きゃ、ねぇ? まさか、まじない師まで一緒とは思わなかったけどさ。」
「そりゃ、失礼。」
言えば景気よく笑う。タニアがその首に腕を回してぶら下がるのにも、楽しげに応える。
「そうしていると、よく似合う。まるで親子だ。」
「そうか?」
 軽く流されて、また一人、対処を考える相手が増えたなと思う。面倒ではあるが、それも先々まで楽しめるに違いない。
「ならば、親子と怪しい親戚一同で、楽しく食卓を囲もうじゃないか。」
自慢の爪飾りの手を挙げて、店の主を呼んだ。

 タニアは早々に寝床に向かい、ゼノンは少しの酒でつぶれてしまった。ジェイルが、その寝顔を見てにまにまと笑いながら、また酒を注いで干す。
 「案外と強いようだ。」
言えば、笑いながら、また注ぐ。
「そりゃ、アンタを見定めるまでは、酔い潰れるわけにはいかないからね。」
「これは手強そうだ、」
笑えば、そのままで笑い返される。
 「ルークに聞いたんだけどさ、デーモンに己を喰えって言ったんだって?」
しかも、タニア並みに直球だ。このタイプは手強い。
 「あれは予言だ、”喰う”と言った。予言はいずれ成就されるものさ。」
「予言ね… 怪しいもんだ。どうせ何か魂胆があるんだろうが。」
 笑いながら。何故かルークはそれ以上を言わなかったようだが、彼も何か感じてはいるらしい。
 そうだ。奴らには予言と言ったが、あれは呪詛だ。喰らえと、大義の為なら己の腕でも喰らうと言う奴に、その前にこの俺を喰えと術をかけてやった。喰って、俺の得たあれもこれもの能力を力と智を得るのだと。あの日はすこぶる調子が良くて、術も会心の出来だった。
「それは、その時のお楽しみさ。何がどちらにしても、俺は喰われる身だ。」
「どのみち喰われるのなら、まあ、いいか。…それが待ち遠しいみたいな言いようだな?
 ともかく、あんたが、タニアもそうだが俺の仲間に害を為すなら、容赦はしない。それは忘れるな。」
言って笑い、また酒を干す。
「それまでは、まあ、味方だろうと思っておくよ。」


 「そう目の敵にするな 」
 皇太子の間は、何やらまた明るくなった気がする。座して頬杖をついた退屈そうな姿勢のまま、苛つくエースを宥める。顔は平穏を装ってはいるが、嬉しいのが声音に出る。その傍らに、タニアが置いていったという胸飾りと腕飾りが、権威ある宝玉を光らせたまま置かれていた。
「そうそう害があるわけでも無かろうに…」
「ある」
俺が王都に入ったと知って太子の間に駆け付けて、その一言で済まされては立つ瀬もないが、せっかく旅から戻ったのだ、ここは引き下がってもいられない。
 「そう、それで。実は黒のタニアの話を伺いたいと思いましてね。」
「黒の…?」
エースの声が即座に返る。
「ほら、タニア、あの子は普段はまるで子供だし、戦う時は娘にもなる。調整のきく武具を作ってやるのに、大きい方のサイズが分からないとゼノンが言うのでね。」
「調整のきく武具?」
「武具師殿は、面白いことを考えるものだ。それで、鉱石捜しに出たという訳か。」
「古い書によれば、柔らかくて強いとか、形が戻るとか、色々と不思議な金属があるそうで。色々試してみたいと張り切る訳ですよ。
 あれは、『器(うつわ)』だ。何を入れても溢れずこぼさず、時には醸しさえする。」
弟子の自慢をする。鍛冶の爺さんが何も喋らなかった分、俺が褒め称えるのもいいだろう。 
 「それで、私は予言もするが勘働きも割といい。何とはなしだが、タニアは母親を越えることはないだろう、ならば黒のタニアの様子が知れないものかと、思ったわけですよ。」
 魔族がこの冥界に降りた経緯も魔界の成り立ちも、大まかにしか伝えられていない。ごくごく上層の、魔王と大貴族が自身の記憶として保っている。何か手掛かりが、手の届く情報があるとすれば、王位を継ぐ者がいる、ここだけだ。そして、俺ならそれを聞き出せる。
 「成程… 目論見は判ったが、残念ながらここにも、黒のタニアに関する記録はない。幼なかったか会わなかったか、私にも記憶がないし、あの離宮に幽閉されて大貴族どもからの情報も入らなかったしな。」
 身を引いて俺に身構えて、ダミアンの話すのを聞いていたエースが、ちらりとその顔を見る。
「だが、私が幼なかったのだ、黒のタニアも、恐らく若かっただろう。若くしてその父とともに天界で戦い、かの地と別れた… 」
 傍らの、タニアの武具に眼差しを向ける。
 「タニアを見て解った。私と同じ闇を持ち、魔族の力を封じた「黒の雫」を受け継ぐ。タニアが血族なら、その母・黒のタニアは私の姉だ。魔王は、去る娘に魔族の至宝を持たせたのだ。」
 淡々と。それが余計に悲痛に聞こえる。自分は、守護するとして長く離宮に幽閉されていたのに…と。
 それはともかく、彼が姉を憶えていないほど幼かったとすれば、黒のタニアも大人ではあるまい。タニアが港の町で六翼を落とした、あの時の姿のような、小娘程度だったに違いない。
 「成程、大体の見当がつきましたよ。」
 言えば、ダミアンが微笑む。エースの顔がきつくなる。
 「お礼と言っては何だが、タニアは…」
「つまらん話はいらん。」
「まあ、そう言うな。…そら、何か急ぎの用があるらしい、迎えが来た。」
 成程、外があわただしくなった。
 エースが、一つ、わざとらしい舌打ちをして歩み寄り、間近まで迫って声を出さずに言う。
「ダミアンを面白がらせるな。」
 捕まる前に、両手を背に回して、大事な指を守る。
「こんな処に、座して日を送るだけではさぞや退屈だろうから、お慰め申し上げようという心意気ですがねぇ。俺が来ると、こうして、お待ちかねのご友人も駆けつけて下さるし。」
 張り倒されるか、壁ドンされるか、覚悟は決めたが何もされず、エースはそのまま部屋を出て行ってしまった。
 「それで、先のタニアの話は?」
早速、催促されるのが、また嬉しい。話し甲斐があるというものだ。
 「白菊のお姫様が天上の「機」なら、タニアはこの冥界を導く「機」に価する。
 それに、太子殿には、お仲間がいる。あのきついご学友に、勇ましい魔族に… 足りない物が無いほど揃って。魔力を封じた石など、比べるべくもない。」
 顔をこちらに向けていた、ダミアンが、笑った。
 「それで、私の立太子が決まった訳か。成程、魔王殿がそなたを気に入る訳だ。」
 また外が騒がしくなり、参謀が降り立つのが窓から見えた。


 あれは、少しばかり前の事だ。デーモン族の、長老を訪ねたことがある。
 「タニアから、話は色々聞いている。」
 干からびた魔物は、それでも一族の色濃い闇に包まれていた。
「タニアが? ここに?」
驚けば、長老が笑う。
「何度か来た。馬も乗りこなすし、竜で来たこともある。」
例の皇太子の飼うという銀竜を駆って? 呆れる身振りに、老人が笑う。
「魔族の血も濃いが、あの元気の良さがいい。来るたびに、気力を分けて貰う気がする。」
 笑いながら、しわだらけの手で不気味な色の茶を勧めてくれた。

 デーモン族の長老を訪ねた目的は、古い呪文書だった。ゼノンに、この男が古い書物をあれこれ集めていると聞いていたからだ。それを当たり前のように選び見せてくれて、その後で言われた。
「一つ頼みがある。」
は? と、思わず言った。
「あの娘に分けて貰っても、直に気力が尽きる。死ぬのは一向に構わんが、老いさらばえた体を他の目にさらしたくはない。それに、育てたあいつのゆく先も気にかかる。」
「あんな一人前を、心配するのか? あれだけの力と覇気を持って、仲間までいて、」
「人の世を調べ過ぎて、つまらん知恵と欲を身に着けてしまった。」
そう言って、そして続ける。
「先の苦難を思えば、何でも持たせてやりたい。人の世であれば、育ての親でも、親とはそういうものらしい。」
 人界に入り浸ってはいても、それが俺には分からない。俺には親がないし、来た時にはゼノンはもう子供ではなく、弟子として育てたのだから。
 「タニアが言うには、アンタは、喰らった者の力を得る魔物だそうだ。」
 またタニア。
「いや、どうしたものか、それを相談したいのはこちらの方だが。」
言ってはみても。何を、いや、何かとんでもない話をしていないか? 俺は焦るが、話は勝手に進んでいく。
 「儂はじきに死ぬ。死ぬが直ぐには体は死なない。覇気もそうだ。
 明日、儂が死んだらこの身体を喰え。そして生き延びて、もしもの時には、あいつに儂の力を与えてほしい。それが頼みだ。」
 呆れて、心底呆れて、言う。
「力を与える? 俺に喰われろと? 何故そこまでしなければならない?」
 干からびた老人が答えて笑う。
 「先の先の話だ。苦難など無いのかもしれない。だが、頼みを果たすまで、生きる甲斐があっていいだろう?」
 旅の徒然に寝つくまでの物語に、色々と身の上を聞かせてはいたが、タニアは何を何処までこの老人に言ったのか。子供の成りをして、まあ、姿形が子供なだけだが、世話好きな奴だ。
 話はそのままに決められてしまい、呪詛の書を読みふけって朝になってみれば、養い子想いの長は、小屋の裏で硬くなっていた。


 だから、俺は、生きて生き延びて、あんたに喰われるためにせっせと力を貯めていかねばならない。上手いことあんた達に紛れて、この濃い闇の色を隠しながら。これは勝負だ。楽しい挑戦だ。俺は、あんたとそのお仲間達に挑み続けよう。
 俺は参謀の手の内に勝手に入り込む。末席でいい、役は、カードの通りの「まじない師」。そして、俺は勝負には負けない。予言をし、果たす、最高の「まじない師」だから。
 

 そして今日も、皆がタニアの向く方を向き、進もうとしている。この、まじない師・リュセル・ラル・デュセルとともに。 
69◇タニアの話 seasonU-番外編◇まじない師・リュセル・ラル・デュセルの噺V◇完◇
◇DC27('25).10◇