タニアの話 seasonU-番外編/まじない師 リュセル・ラル・デュセルの噺 |
喰らうのは、腹を満たすだけでなく、それの持つ力を奪う事だ。 何かを喰って意識が芽生え、人の子を喰って人の姿と思考を授かって欲が出た。魔物を喰えばその生命力と能力が持てたが、人間はもっと面白い、手当り次第呑み込んでは特技を才覚を才能を得て、次を捜して人に紛れ暮らすようになった。 人の世で暮らすのは面白かった。少しばかりの知識と技と口でへつらえば、力ある者を従わせ信じ込ませ、世の進む先も変えることができる。 人界で、魔界で、時に入り込んでしまう別の域でも、面白おかしく暮らしていけた。 それにしても、これだけあちこちの世界であれこれを見聞き調べても、そんな魔物の噺はみつからない。他には居ないのか、それともまともなものを喰えぬままでいるだけなのか、喰らった末にそのものになりきったのか。 それが知りたくて、あれこれと渡り歩き、結果、また呪術の腕が上がるのだ。 草原を超えて次の王都に向かう途中で、草を薙いで歩く人影を見つけた。 遠目でも判る、黒い髪の子供と、角のある大きな背。タニアとゼノン以外に、この博識のまじない師でも思いつかない。 「ほい、お嬢ちゃん! ゼノンも、乗って行きな。」 声を掛けると、振り返って手を振るタニアの黒い髪が、無い風に舞い上がる。 日が暮れる前に王都に入り、宿の階下で飯を食う。 「こんな食事は久しぶりだね〜」 酒に常より更に目を緩ませて、ゼノンが言う。タニアはともかく、角のある魔物丸出しの姿では、まともに宿をとるのも難しいだろう。 「町は、食料を仕入れられればいい、くらいだよね。この辺は天候もいいし。」 タニアも、多少は見栄えのする料理に嬉しそうに見える。 紅い鉱石を捜しながら、時には町に寄って刃研ぎで小銭や食料を稼ぎながら、タニアの噂を探るのだと言う。 「その極上の腕で、まだ菜切りの刃なんて研いでいるのか?」 呆れて言えば、みな喜んでくれる、それが嬉しいとゼノンは言うし、タニアは平然と、それだけで女は気を許すのだと言い切る。子供の姿のままでも、永く生きた小娘の言はなかなかに真実味がある。 部屋に戻ると、酔いの回ったゼノンは、そのまま寝床に転がってしまった。せっかく宿屋に泊まれたんだからと、タニアがそれを揺り起こして、足元と上着を脱がせてやっていた。 それを終えて、タニアが言う。 「そういえば、本当の名前を知らない。あんな、デタラメな名前を言うから、魔王や皇太子は面白がっても、エースが怒るんだ。」 「出鱈目じゃないさ。ちゃんと、まじない師だと名乗っている。」 「まじない師って名前のまじない師はいないよ。」 責められて、白状する。 「名前なんてないさ。」 タニアが、やはり、という顔をする。そのタニアがゼノンによばれたように、自分がゼノンに言ったように、が自分には無かった。誰からも名前を貰えなかったから、人の知らない言いにくい古い言葉で『まじない師』と名乗っている。面倒だから、まじない師でいいと加えて。 「リュセル・ラル・デュセル、はどう?」 「は?」 「わりと似合ってると思うんだけどなぁ…」 言いながら欠伸をして、寝床に潜り込んでしまった。 まじない師って名前のまじない師はいない、と言った。古いあの言葉の意味を知っているのはいい、ゼノンの側にいるのだから。それで、何故、新しい名前を考えているのか。 笑いながら、そう思って笑いながら、言ってみる。 「だから、この世界は面白い。」 この街もそう魔物に寛大ではなかったが、それなりに顔も効く。酒場に出かけて、近隣の状況を探り、明日は当面必要そうなものを揃えてやろうと考えながら寝床に入るのは、久しぶりに楽しい。 翌朝から、ゼノンは刃研ぎの道具を拡げて仕事を始め、タニアは勝手口に声を掛けて回る、どちらも手慣れたものだ。こちらも気合を入れて、面白い話がないか王宮と貴族の屋敷を行き来する。 なにしろ、タニアはこのまじない師の名付け親だから。 あれもこんな風情の街だった。 まだ駆け出しのまじない師だった頃、下町の店の裏であの爺さんを見かけた。爺さんは、街の裏通りや女達が集まる井戸の側や、あちこちで刃研ぎの店を拡げて、せっせと包丁や鋏を研いでいた。 口はきかないが腕はいい、次に来る時まで刃研ぎがいらない。女達は口を揃えた。刃研ぎをして街を回って、何かを捜しているそうな。どうやってそれを知るのかと問えば、それはそれ、女には特別の風があるのだと言われた。 一度だけ、その爺さんと小さな店で隣り合った。向こうも、女達の口からこちらのあれこれを聴いているだろうが、何もなく終わった。 次に偶然、別の街で出会った時に、爺さんが手招きをした。 近寄ると、小さな袋を渡され、開けてみると華奢な爪飾りが転がり出てきた。薄く軽く、繊細な飾りが煌いていた。指にはめろという仕草をして、爺さんは手元の仕事に戻った。 はめてみると、爪飾りは指先に吸い着くようだった。金の細やかな飾りが煌いて、数段格が上がった気がした。。 出くわしたあの時、指先が折れていた。人を喰らって人の形になった魔物だから完全ではない、手は先細り、爪まではできなかった。何人喰らっても、生えなかった。その手を見ていて、知り合いでもない、もう一度会うかも分らない、人間に取り入ろうとする魔物に、指を守る飾りを作ってくれた。 爺さんは金を受け取らず、職人は、必要なものを作りたくなる、とだけ言って、店仕舞いを始めた。 「ならば、あんたに望むことが出来たら、きっと何でも叶えてやる。それまでは借りておくよ。」 借りを返す時が来たらそれを叶えられるように、あちこちの王宮や街や魔物の域に出入りして、情報を手繰り顔を売ってきた。 爺さんが、幼い息子を魔物に喰われ、以来口をきかなくなったのだと聞いたのは、そのだいぶ後のことだった。魔物は憎いだろうに、職人の性だとかで爪飾りを作ってくれる、人間とは不思議な生き物だ。 「ああ、忘れていた。名前を替えましてね。リュセル・ラル・デュセル。」 言うと、ダミアンが頬杖のまま言う。 「『名付けし者、そして、育てし者』、といったところか…」 「また大仰すぎる名前だ。どうせ誰も憶えやしないのに。」 エースは何処までも冷たい。 「つれないことを 」 笑って指飾りをひらつかせると、ずいと寄り一掴みに抑えられそうになって、慌てて身を翻す。 「そうやってヒラヒラさせるのは、それが急所だからだ。」 ついでに、とどめを刺された。 「そう虐めるな」 皇太子が宥め、問いかけてくる。 「いにしえの言葉だ… なかなか似合う。タニアであろう?」 エースが目をむく、それを横目に見るのもまた楽しい。さすがタニアと、皇太子ダミアンだ。 思えば、ゼノンにあの爺さんの名を付けてやり、そのゼノンがタニアの娘をタニアとよんだ。 廻りまわって、こうしていい名と、いい名付け親を持てて、このまじない師、リュセル・ラル・デュセルは本当に幸せだ。 |
| 66◇タニアの話 seasonU-番外編◇まじない師 リュセル・ラル・デュセルの噺◇完◇ ◇DC27('25).9◇ |