タニアの話 seasonU-3/終章


 「太子が紅い腕飾りをしたと聴いて、拝みに来たのさ。来てみれば、お前は、魔族のお嬢ちゃんにも懐かれて、武具を仕立てているというし。約束通りお屋敷を賜って、太子の信任まで厚い。」
 細い指の先の爪飾りをひらひらさせて、まじない師が言う。
「いよいよ時機到来というわけだ。」
 エースが嫌そうな顔をする、男が皇太子に媚びるのがよほど不快らしい。今も、ライデンと白菊姫を案内してきたついでに、皇太子の居室から引きずり出してきたところだ。
 それもまとめて嬉しそうに一同を眺め廻して、男がまた爪飾りを閃かせる。
 「さて。お仲間の… あんたがデーモンさんだね? あんたは魔族の長なそうだが、人の子を喰ったことがあるか? いや、いよいよとなったら、あんたは人の子を喰うか?」
 唐突な問いが、こちらがその身の上を承知しているはずだと示している。
「…大義があれば、己の腕でも喰らう。」
彼らしい言葉でデーモンが応えれば、両腕を拡げ、ゼノンに向かって片眼をつむる。
 「おまけに、なかなか腹の座ったお仲間までできたようだ。爺さんとの約束が果たせて良かった。」
 やることも言うことも芝居がかって、エースでなくとも不快をさそう。
「それはゼノンの為せる業だ。アンタのお陰じゃない。」
つい、ルークも口を出す。それも楽しむように大袈裟に背を反らして笑い、かわす。
 「ああ、ゼノン、そう言えば… 緑の目のボウズを憶えているか? 緑と赤の目の子供が産まれたけど、元気で育ってると伝えてくれとさ。」
 けど?と誰かが呟いた。
 ゼノンは首をひねっただけだったが、男はそれも笑って、知らないなら、お前がお前そっくりの誰かに会ったら伝えてやればいいさ、と軽い口調で言った。
 エースの無言の圧にさすがに押されてか、ようやく男は戸口へ向かい、セノンが慌てて後を追う。屋敷に逗留を誘うのをかわしながら、歌うような口調が遠ざかって行った。
 「どこまでも胡散臭い奴だ。」
 エースが吐き捨てる。
 「そうでもないかもしれないよ。ゼノンを『黒のタニア』に紹介したのもあの人だし。」
タニアが言う。確かに、そうして引き合わされて、幼なかったタニアは彼の養い子になって長く守られてきたのだ。
 「そう、導いたのは確かだな。ならばまたいつか、会うことになるだろうね。」
 ルークが嬉しげに言えば、またエースが露骨に嫌そうな顔をする。


 「で? けど、って何?」
 男を引き留めきれなかったゼノンが戻ると、それまで控えていたジェイルが早速に声をあげた。ゼノンがまた首をひねる。
「ん〜と… 緑の目のボウズが、緑と赤の目の子供が産まれたけど、元気で育ってる、とか言ってたじゃん?」
「旅は随分したけど、憶えはないなぁ…」
「『けど、元気だ』って事は、オッドアイだと育たないとか、先行きが不安だとか… まあ、モロに魔物だと、人界だったら相当に大変なはずだからねぇ。」
 ルークの言に、皆が頷く。
 タニアの居た港の町は別として、人界では、魔物を忌み嫌う者も多い。姿形が多少似ていたとしても、所詮はまるで別の尺度の生き物なのだから、共存は難しい。
 それでも、ゼノンがあっさりと言う。
 「まあ、その内どちらかに会えるかもしれないから、憶えておくよ。」


 皇太子への挨拶が終わったライデンと白菊姫も合流して、デーモンの屋敷へ移った。
 港町での天界軍の撃退以来、しばらくライデンは天上界に戻っていたから、顔を合わせるのは久しぶりだ。
 早速、エースが苦情を言う。
「随分と苦労させてくれたな?」
 ライデンが陽気に笑って、応える。
「さっき局に寄ったら、オレ、すっごい人気者!」  
 先日の戦いの際に、タニアの守護に付くと、エースが肩鎧だけの軽装ながらも武装した姿で現れた。呼ばれて振り返るその雄姿を、タニアとライデンが映像に撮らせたのだ。速攻で情報局に送られた映像が、一瞬にして局内に拡散されていたのは言うまでもない。
 「だって、カッコいいんだもん! もったいないよ!」
タニアもはしゃいで言う。
 にこにこ笑っている白菊姫に、まさかそっちにも?とルークが問えば、こくりと頷く。
「こちらの時間で、その日の内には。」
 あのまじない師の如く、エースが大袈裟に肩をすくめて、諦めた顔をする。いつの間にそんな情報網を確立したのか拡げて行くのか、当人はにこやかなままでいる。

 「そういや、白菊さんトコは、何を司ってるの?」
ジェイルが話題を変えた。皆も、そう言えばと口にする。
「『機』、みたいなもん。」
ライデンが神妙な顔で答え、白菊姫が頷く。
「天界は… 元々の天界は、自然の摂理とか理りとかみたいなもんで、今とは違うけど、何か方向性が変わるとか無くなるとか始まるとか、そういう『機』みたいなもん。」
「…その姫君が、この時期に、魔界に味方する雷神に嫁ごうと…」
 デーモンが言葉にして、その重さを一同が味わう前に、ライデンが慌てて言う。
 「いや、それはまだ。白菊ちゃんは総領娘だから、オレが婿入りってのもあるし。オレ、未だ皇子で、太子じゃないからさ、まだまだ何でもアリなのよ。風神の兄ちゃん達の誰かが雷神継ぐかもだし。」
 「…けっこう、天界も自由なんだねぇ…」
ゼノンの声が、如何にも感心しているようだ。
「それはほら、大まかな流れはあるけど、細かいとこはその時々、だから。
 で、『末摘花の姫君』って、こっちにもあるじゃない? 天界の和平のために、七人の姫君が嫁いでいく、っていう。」
「…最後の小さな姫君の馬車を飾る花が無くなり、人々は手に傷を作りながら、棘のある小さな白花、末摘花まで摘んで集めて馬車を飾りあげました。…」
タニアが暗唱する。人界にも魔界にも伝わる、幼子に語る物語だ。
 それを、白菊姫が引き取った。
 「私の、遠い先祖と聞いています。」
「で、嫁いできた末摘花のお姫様にあやかって、末っ子が総領娘なんだよね。姉姫さん達は、もうそれぞれに嫁いでるし。」
「嫁いでって、その昔に倣って?」
「はい、それぞれにご縁があって。」
 タニアよりはいくらか年上、まだ幼さも見える姫君の言が重い。
 「成程、確かに『機』だな。どちらにしても、風が変わる。」
 デーモンの声が、長く漂った。  

 
 デーモン族の荒野の外れ、先史の跡が重なるという地の先に、長老の住まう小屋があった。
 長老は武勇に優れた強大な長ではあったが、この小屋に古い書物を集め読みふけっていたという。デーモンを引取り、一族には無縁だった、彼には有益な知を授けた彼も、この魔界での『機』に違いない。
 小屋には、人影はなかった。壁一面を本やら丸めた皮やらが埋め、机上には、今にも崩れそうな書物と、書き写しでもしているのか、重ねた紙があった。 
 ゼノンには、歓声を挙げて端から抱え込みたいほど魅力的だったが、デーモンの張りつめた気がそれを許さない。
 「何処かに出かけているのかなぁ…」
言ってはみたが、デーモンは答えずに、机上の紙の重なりを本に挟み込んだ。
「来たら好きにしていいと言われている。端から皆、馬車に摘む。」
 二人の手で黙々と本と紙と皮束を抱えて運び、たまらなくなってゼノンが言った。
 「馬が可哀そうだから、一度荷下ろししてくるよ。少し、待っててくれる?」
 デーモンは黙ったまま頷いた。

 屋敷に戻り、下ろしながら整理してしまえという執事とその細君にも手伝ってもらって、図書部屋に本を運び込む。動きながら、誰かいたほうがいい、誰に付いて行ってもらおうかと考えていた。
 悩んだのか迷ったのかの末に、情報局を訪ねてエースに面会を申し込む。縁のない処で緊張したが、異様に愛想よく案内された。
 一緒にデーモン族の長老宅に行ってほしいと言うと不審げだったが、それでも、わかったと答えてくれた。
 「荷を運ぶなら、帰りの馬を連れて行こう。」
 目の前が少し晴れた気がする。
 二頭の馬を並走させて、馬車で荒野を渡りながら、エースが言った。
 「ダミアンのあの腕飾りだが… あれをまじない師が持って来た時、二人で魔王に呼ばれた。」
「え?」
突然に言われて驚く。
「あれをダミアンに渡しながら、魔王が、披露目をすると言った。立太子の儀だ。満足に足る武具師と魔導士を得て、ようやく盤石になったのだと思った。」
「あれは、苦労も満足もしたから嬉しいな。それに、鍛冶の師匠の残してくれた鉱石だし、呪術の師匠が売り込んでくれたんだし。」
「あいつに感謝する必要は無い。」
 エースはあくまでまじない師には素っ気ない。それが可笑しくて、ゼノンは小さく笑った。笑いながら思った。魔の力の強い中で、腕飾りにかけた呪文はまだ生きているだろうか。祝福と守護と、勝手に付け足した、大切なものを守る呪文は。
 「あの腕飾りを付けた姿は、まだ見てないんだよねぇ。」
言えば、エースは事も無げに言う。
「明日にでも、調子を見てやると行けばいい。退屈しているから、言えば古文書でも禁書でも持ち出して引き留めようとするだろう。ああ、天界のお姫様の手土産にも確実にありつけそうだな。」
 笑いながら言う、その顔を見ながら、ゼノンも笑った。

 進む先に、細く昇る煙が見えた。
 「…火をつけたか…」
 エースが感情をのせずに言う。
 それは、人界風の弔いでもあり、一族に長老の死を報せることにもなるだろう。
 たどり着いた時には、もう火は消えていた。離れた処に、本と紙の束が積み上げられて、火が作り出した風に煽られて、かすかに音をたてていた。
 「来てくれたか。エースまで連れて、どうした?」
 振り返った顔は、いつもと変わらないように見えた。
 今度の荷もそれなりに多く、書物の他に古い道具類も纏められてあった。
 荷をつけ終わった馬車に乗りこみ、ゼノンは先にその地を離れた。燃え落ちた小屋の跡に立つ二つの影を背にしながら、自分なら馬を二頭用意できただろうかと思った。


 デーモン族の長老の蔵書を持ち帰って以来、こもり切りのゼノンの屋敷に、ライデンを除く皆が集まった。直接に跳び回ったのは港の町から戻ったタニアだが、執事筋やら、王宮の奥向きやら何やらの繋がりが、皆の時間を緊急に調整し圧力になったのも確かだ。
 「すごいよね、このラインの強靭さったら。何かというと、野郎まで揃って『うふふ』だし。」
 都合次第ではその一員に居るだろうルークも、呆れて言う。
 執事の細君が茶を運んでくれて、持ち寄りになった茶菓と水菓子を並べた。
 「みんなで来てくれて嬉しいなぁ。デーモンにも、報せたいことがあったんだよ。」
 手に、綴じられた紙束と何枚かの紙片を持って、珍しく興奮気味だ。
「長老は、手引きを作ってくれていたんだ。色んな文明があって、文字があって、時代があって、それが折り重なって… それをまとめて調べやすいようにしてあるんだよ。」
「長老が?」
 応えたのは、デーモンだけだ。
 「冥界は、渾沌から天界が別れた残りだから、空間も時間軸もあやふやなままだった。そこに天界から魔族が降りてきて、天界、いや神族同様の世界を創りあげた。でも、例えばデーモン族の荒野とか、今の人界の辺りや、平らげきれなかったり放置した域もある。だから、そこは空間も時間軸もあやふやなままが残っていて、それが全体に影響するらしい。
 いくつもの遺跡があったり、時代が逆行してたり、人や魔物が時間や空間を行き来したりも記録がある。それを検証して書き残した記録がいくつもあるんだ。
 それを、翻訳もそうだし、文字と様式の比較とか、次の誰かが調べやすいように手引きを作ってくれたんだ。」
「長老が?」
 もう一度デーモンが尋ねるのに、勢いよくゼノンが頷いた。
 ジェイルが言う。
 「よかったよ、ゼノンが気が付いて。まずは、その労苦が報われるってもんだ。それに、次の誰かに伝わり易くなるだろ?」
「人界にも、似たような労作に没頭してるヒトがいるんだろうな。」
と、ルーク。
 そしてエースが先を促す。
 「それで、もう一つ手に持ってる紙は何だ?」
 気づかなかった一同に、宝の地図、とゼノンが言う。
 「多分、紅い鉱石のある場所の。いくつか出てきたんだけど、どれも場所が近い気がするんだ。鍛冶師としても武器師としても、もう一度見つけて、使ってみたい。
 タニアも、人界に行くと言うし。」
「旅に出るか…」
 つぶやくデーモンに代わって、ルークが言う。
 「それもいいさ。堕ちたツインズは、当面はウチで預かることになったし。
助けられて、教えられた墓に行ったら、新しい花が置いてあったって。それで、タニアを捜したと言っていた。」
「次の誰かへの手引きだの、落とした敵将に墓だの花だの、人間も魔物も律儀なことだ。」
 呆れたように言うエースを、皆が笑って見ている。

65◇タニアの話 seasonU-.3◇終章◇完◇
◇DC27('25).9◇