タニアの話 seasonU-2/港町の戦い


 急を知らせながら馬を走らせたタニアに、王宮からの指令を受けての彼らがどうやって追いついたのか知らないが、そのまま飛び出そうとするのをデーモンとエースが何とか押さえつけていた。
 一応は諦めたらしいタニアが、文句を言う。
 「友軍になんてなるんじゃなかった。まるで不自由だ。」
 笑いながら、ルークも応えてやる。
 「策はこの全権参謀に任せなさい。より有利に勝つのが大事なんだからね。」
 戦うのなら、天界の攻撃を迎え撃つという図式を人界に示すのが得策だ。明日、好きなように戦わせてやると約束する。
 夕刻近くに、ゼノンとジェイルが到着した。
 馬車から、彼らに続いてとりどりの姿の子供が、手に手に荷を持って降りてくる。
「中に入れないって、ヒッチハイクされたぜ。」
 手近の兵に、タニアのいる場所へ案内するよう頼んで、今度はゼノンの荷物を下しにかかる。
 タニアの養い子らしい。手にあったのは、彼らなりの差し入れだろうか。とにかく、タニアが腰を落ち着けてくれそうでほっとする。
 「迎えに来てくれてね、折角だから道具も運んでもらったんだよ。」
 ゼノンはここで武具の修繕をする積もりらしい、けっこうな量の荷を積み上げながら、ジェイルが言う。
「養い親なら、戦うのを見届けてやれって事さ。」
「それはそうだ。養い親で、しかも名付け親だものね。」
 ルークも言えば、ゼノンがあははと笑った。


 「港へは近づけたくない。手配した船を基地に、本陣を一気に攻める。」
よかろう、と総司令のデーモンが応じる。
「タニアには自由にさせる、俊敏なのを何人か、護衛につけてくれ。」
 放して、他が追いつけるのか?とエースが問い、無理だろうねえとゼノンがつぶやくように言う。
「向こうにもタニアがいるとして、対峙してどうするかもタニアに任せる。」
「それが策か?」
頷けば、わかったとだけ言い、憮然とした顔で部屋を出て行った。開いた扉の先から一瞬、子供たちとジェイルの笑い声が聞こえた。
 「それで、参謀殿は、どうなると踏んでいるんだ?」
 エースに問われても、答えようがない。
 何をどうしろと言ったところで、どのみちタニアは自分なりに戦うだろう。測れないのが参謀として情けないところだが、新顔の客はタニアに任せて、他はデーモンと、じき駆け付けるだろうライデンに思いきり働いてもらう。
「それはもちろん、タニアなら、守ろうとすると思うよ。向こうは本気で倒しに来るだろうけど。」
 代わって、当たり前のように、元養い親のゼノンが言う。
 「夜明けには戻る。」
 思いついたように言って、エースが美しくターンを切った。

 手配した船を基地にするとだけルークは言ったが、夜を徹して、多くの船が港から沖へと並び繋がれ、どう調達したのか床まではられた。魔軍が魔界が守ってくれるからではなく、身一つで戦うタニアへの、港の町の応援なのだろう。
 空が白む頃、総司令と参謀が顔を揃えた処に、エースが二頭の竜を連れて戻った。途端にタニアが飛んできて、か細い両腕にそれぞれの首を抱え込み、竜たちは首をからめて甘える。
 「ダミアンに借り受けてきた。俺が付いていく。」
 黒い装束に肩鎧だけの軽装ながら、武装したエースの姿をルークは初めて見た。デーモンも、感情だけは一杯の顔でその姿を見ている。
「銀竜なんて、初めて見た。太子殿は珍しいのを飼っているんだねぇ。」
 銀竜は、小型で賢く敏捷で、かつては貴族の馬代わりにともてはやされた種だが、移動が少なくなるに従い廃れたと言われる。恐るおそる手を伸ばして、その頭に触れてみようとするが、口を開けて威嚇しかけるのをタニアの手が包んで、触らせてくれた。 
 海に馴らしてくる、と、一頭に跨り片割れを連れて、海上へと飛び出して行く。急上昇、急降下から海中へ、と飛ぶ姿を眺める内に、巨大な雷雲が天界の陣の明るさを遮って現れた。
 港を縦断するタニアのための花道に、ライデンが降り立ち、その手勢が雷雲に乗ったまま陣翼を拡げる。そこにタニアの銀竜が降りて軽くジャンプしながら話しかけ、ライデンがぶんぶん腕を振って声を掛けて寄越した。
 「エースぅ、頑張ろうぜーっ!」
 呼ばれて振り返り、腕を挙げて応えてから間を置いて、あいつら、よくもこの事態に…と渋く呟くのをルークが聞き逃すはずは無論なかった。

 やがて、太陽の輝きを背に、天軍が攻め降りてくる。
 魔界の軍は、翼竜と翼馬、己の翼でと編成されて道を開け、タニアとエースの銀竜が助走をつけて飛び出すのを見送った。二人の姿が矢のように光の中に刺さると、ライデンの軍勢が後を追い、デーモンが手を挙げて進軍を宣した。
 天空にも沖海でも戦闘は港からはるかに遠く、閃光や爆音が響くだけだったが、幾艘もの舟が落ちた兵と竜と白い天人を運んで往復した。

 激しい閃光を幾度も放っていた空の一角から光が一気に失せると、戦況が変化した。
 大きめの反撃を繰り出した直後に、天界の軍は引き、魔軍は追わずにそれを見送った。
 「撃退できればいい。…落ちた者を拾って、港に戻る。」
 言って、暗い空の方角に、ライデンと雷軍、そしてエースとタニアの姿を待ってようやく、デーモンは港に顔を向けたのだった。


 「期待したほどの成果がなくて、何時もの小競り合いに置き換えたと言う処だな。」
 総司令に一言で括られてしまっては、参謀の立場がない。
「要になっただろう六翼が、先にタニアに落とされてしまっているから。」
 暴れ足りなそうに肩を回して、ライデンが言う。
「なら、そいつは、なんで無理やり来たんだろうね〜 絶対に許可ナシだし、無防備すぎるぜ。」
「親代わりでも、親だからだろ? でなきゃ、親の方のタニアを知っていたとかさ。」 
ジェイルの言ももっともに思える。そこに怪我の手当てを終えて、ゼノンとタニアが戻った。
 「銀竜は? 怪我してたのに帰っちゃったの?」
「殿下の飼い竜だからな、手当てして、大事に馬車に乗せて行った。報告もせねばならんし… 傷はどうなんだ?」
 心配する皆の前で、包帯を巻いた腕をぶんぶん振って見せる。
「それより、報告しなきゃあね。」
途端に真面目な顔になって言うから、場の雰囲気が改まった。
「いい心掛けだ。」
 デーモンが笑って言った。
 

 あふれる光の中、二人の白いタニアがいた。
 一人は白い翼を拡げ、もう一人は細身の竜に跨って、時に腕を支えられていた。
 「よくもあの人を!」
声を合わせて、それぞれに刃を振り下ろし、突いてくる。それをかわしながら、急所を探る。捜しながら、考える。 
 その六翼が親代わりだったのか後見だったのか。天界の関係の在り方も、港の町と魔界で聞いた以上には知らない。でも、戦いながらの視野の端々に、小舟が忙しなく往復する。
 叫んだ。
 「攻めてくるなら、守る。守るためなら、倒す。
お前たちが打たれて落ちても、天軍は誰も何も拾ってくれない。
でも、運が良ければ、人か魔物か、誰かが助けてくれるから、もし生き延びたら、あの六翼の墓に行け。港の町の人達が、山に埋めてくれたから!」
 相手が何を思ったかは知らない。だが、攻撃の手がどちらも停まった。そこを、タニアは思いきりよく剣で払った。
 周囲の天軍を払いのけていたエースが近づいた時には、港町と人界を繋ぐ深い森に、落ちる白い影が吸い込まれた後だった。

 「どうなったかな… 」
 タニアは言うが、常のように自分で何かする気はないらしい。伝えることは総て伝えたから、後は己次第だという事か。
「運が良けりゃ、ってより、二人なんだからどうにかできるだろうさ。」
伸びをしながら、当たり前のように言うジェイル。直に何処かから情報が入るよ、とルークが言えば、しばらく待ってあげようとゼノンが付け足す。
 「ああ、そう言えば!」
思い出して、ルークがライデンに尋ねる。
 「今朝、ライデンが着いて直ぐに、エースに声を掛けたじゃない。あの時、エースが『あいつら、よくもこの事態に…』とか言ってたんだけどさ? 何かあった?」
 ライデンとタニアは顔を見合わせて、噴き出した。
 「エースがカッコいい!って言ったんだ。あと、近くに、局の記録魔が来てる、って。」
「そんで、そいつに合図してから、エースを呼んだわけ。ニカッと笑って、ブロマイド並みに決まってたよ〜」
 銀竜と報告の件があるとはいえ、エースがすぐさま王都に引き返した訳が判った。記録魔は、自身の記憶を映像として再現できる能力を持つ。王宮から局に戻ってすぐ、彼としてはこの件の始末をつけたいだろう。だが、こんなおいしい映像が握りつぶせるわけもないし、瞬時に拡散され、もう抑えられぬほどに広まっているに違いない。
 『あいつら、よくもこの事態に…』
 この事態に… ここまで思いつかぬことをされるとは、参謀職にもまだまだ修行が必要らしい。

64◇タニアの話 seasonU-.2◇港町の戦い◇完◇
◇DC27('25).9◇