タニアの話 seasonU-1/ゼノンの昔の話 |
どうして一人なのかは憶えていない。彷徨うように歩いていた。 荒野の片隅で、大きな荷物を背負った老人を見つけて、懸命に駆けて追いついた。振り返る顔を見上げると、魔物とわかる姿に戸惑った様子ながらも、小さめの荷物を一つ渡して寄こした。小さな体には少し重かったが、何か嬉しくて両手で抱えて、頑張ってついて歩いた。 暗くなると、老人は風の当たらない場所を捜して火をおこし、大荷物から食料らしき物を取り出した。一つを火で炙るといい匂いがして、焚火から離れたまま見ているのを、手招きして呼んでくれた。 そうして、並んで眠り、朝には起きだして歩き、草や木の実やら若葉を摘んで口に入れて進む。川があれば罠を作って魚を捕まえ、商人に出会えば少しばかりの食料を手に入れもした。 人界や魔界や、どちらとも曖昧な町や荒野を、幾度も旅をした。老人は殆ど口を開かず、食べる時や休む時や危ない時は手招いてくれたが、常はそれまでと同じ一人のように過ごした。 小さな集落に着くと、顔見知りの事が多かった。老人は荷物を下して道具を出し、差し出される刃物を次々に研いだ。いびつになった金物を竈を借りて熱し叩いて直したり、新しい刃物を渡して硬貨や食料や酒を受け取ることもあった。 その、金物を扱う様が面白く、すぐ側で夢中になって見ていた。次に何をするか必要かはすぐ憶え、道具を出したり片づけたり、器を持って身振り手振りで水を貰ったりできた。手伝えるのが嬉しく、少し誇らしかった。 老人の本来の目的は、鉱物探しだった。その時は大きな荷物を隠し、山に登り岩場を辿り、洞窟を掘った。ついてくるなとも言われなかったし、待ってくれる風もなかったが、それでも少しばかりは掘る道具を運び、掘りあげた石を除けられると気負い、老人の背を追った。 何も得られない旅の時も、仕事に使える鉱石も、歓喜の表情で見惚れる宝玉もあった。 洞の奥の岩中にも紅く輝く鉱石を手に入れた時に旅は終わり、その時には子供はもう少年ほどの背丈になっていた。 故郷の町に戻ると、老人は鍛冶小屋に火をおこし、腰を据えて仕事を始めた。 たたらで鉱石を溶かし精錬し、熱し叩き鍛え冷やし打ち… 刃物を馬具を武具を繰り返し作りながら、傍らで習う魔物の子に見せ、やがて任せてあれこれを手直ししては、繰り返し、あらゆる技を伝えてくれた。 老人はやがて衰えて寝つき、食事を運んだ魔物の弟子を間近にと手招いて言った。 「息子がいたが、魔物に食われて死んだ。会った時と同じ位の丈の頃だ。 息子の名前を呼びそうで、同じ名を付けても息子のつもりで呼びそうで、名を付けてやれなかった。お前には可哀そうなことをした。」 人間ともろくに会話をせず身振り手振りだったから、殆ど声を聴いた事は無かったが、老人の声はかすれて弱々しくなっていた。 「教えてやれることはもう無くなった。あとはお前一人で修練すればいい。 儂が死んだら、隣の町のまじない師に頼んであるから、行って習うといい。物には物の力しかない、お前にはもっと使える力があるだろう。」 その日の内に老人は冷たくなり、近隣の手を借りて、小屋の片隅に埋められた。 まじない師と言われた男はまだ若く、見目も身なりも人当たりもかなり良かったが、老人と暮らした後だからか、少しばかり気味が悪かった。 子供の考えることなど当然わかってはいるだろうが、男は愛想良く名を尋ねてきた。 「知らない。」 そっけなく答えると、笑い、当たり前のように言った。 「名がなくては困る。それなら、爺さんの名を貰えばいい。お前の名前はゼノンだ。」 泣きそうな顔になるのに、異様に細い指先の、爪カバーの美しい細工を見せてくれた。 「爺さんには借りがあるから、これが返し時だ。みっちり仕込んでやるよ。」 ゼノンは、こくりと頷いた。我慢しないと泣いてしまいそうな気がした。 それからしばらくの間、魔術や呪術、占術に錬金術、博物学から歴史伝説まで、あらゆる技と知識を授けられに通いながら、受け継いだ鍛冶小屋でいつもの仕事の他に、術に使う道具や師の要望の品を作った。やがて、占いや術の道具を求める来客に応じることも多くなっていく。 男は時に王都に出向き、貴族や高官達に顔を繋いでいるらしい。怪しげな錬金術やら豪勢な占いやらに併せて、ゼノンに作らせた華奢な装身具はそれなり人気があるらしかった。 ある日男が取り出したのは、老人が最後に掘り出したあの紅い鉱石だった。 「爺さんから預かった。これで、腕飾りを作ってみろ。オレの腕くらいの太さで。」 見つけて掘り出してあれだけ喜んだものを、預かっていて今更何を作らせるのか。不思議に思いながら見上げると、師は笑って続けた。 「最後の試練だ。教えることは教えたし、あとはお前の腕次第だ。」 控書きから錬金術書まで修めた身にも、紅い鉱石は、精錬から始まり何もかもが手探りで、失敗する余裕もない。それでも、慈しんでくれた育て親の老人に借りを返すとあれこれを授けてくれる師に、報いるべく昼夜を繋いで注文の腕飾りを作り上げた。 出来上がりを見た師は、自分の腕につけて試して頷き、仕上げに祝福と守護の呪文をかけるよう言った。 「あんな奴らにくれてやるのは惜しいが、爺さんとの約束だ。」 あんな奴ら… 不満そうな言葉の意味は分からなかったが、男はそれを大事そうに抱えて王都へと出かけて行き、揚々と戻って来てゼノンに告げた。 「厚遇する、と約束を取り付けてきた。急ぐ事は無いが、いずれ王都に行って魔王に会え。王宮には禁断の書も多くあるし、古代の書にかぶれた魔物の長もいるそうだ。まだまだお前の修めるべきものは多いし、この先面白い輩も集まりそうだ。」 未知の書物はかなりの魅力だったが、それ以上のまさかの未来が待つとは、その時は無論思い及びもしなかった。何より魔族だ魔物の長だがどうにも窮屈そうで先送りし、しばらく旅に出る事にしたのだった。 久しぶりに鍛冶小屋に戻って隣町を確かめた時には、師の家は朽ち始めていた。老人との約束を果たして、何処かに移ってしまったらしい。 しばらく近隣の細かな仕事をしていると、ある日、来客に辺りがざわついた。 無い風に黒髪をなびかせて、闇の濃い若い女が、揃いの人形のような子を従えて戸口に立った。 「まじない師に聞いて来た。この子とこの石を預かって、力を封じて隠して欲しい。」 女の子の手からの黒い石と、どこから出したのか白の石を出して、彼女は言った。 「力?」 同じ黒髪に黒い眼をしながら、子供は抱き人形のように小さく、弱々しく怯えて見えた。 「力。この子の。まじない師が、あの鍛冶屋ならできると言った。」 そう言われては、自信が無くとも引き受けるしかなく、何より子供をそのまま立たせておくのが可哀そうだった。時間がかかるからしばらく預かるというと、女は自身をタニアと名乗った。かなりの額の金を置いて去って行き、残された子供は不安顔のまま、去る姿を目で追うこともせず、ただ立っていた。 「お名前は?」 「知らない。」 角のある魔物に尋ねられてもさして怯えず、感情もなく答える。だから、ゼノンはできるだけ優しい笑顔で言った。 「じゃあ、タニアにしよう。まずは… お腹は空いてない?」 預けられた二つの石は、何かの力を封じ込めたものらしかったが、黒と白ではどう考えても対極に違いない。黒はあの闇の色強いタニアだろうが、なら白は天界の者に依るのか。だとすれば、それが相反しあわないのが今度は謎になる。 ともかくも、二つの石を飾り輪の裏に仕込み、弱い結界を張るよう細工し、祝福と守護の呪文をかける。飾り輪は、以前通った港町で見かけたものだ。豪勢なものではない。祭で売られ、親が子供の首にかけてやる。裕福な子や養い親に恵まれた子は、多く飾り輪をかけ重なり合う音を響かせて生きる。 少し幅は出たが、目立つほどではないだろう。守護の呪文をかけておけば、輪も石も、外そうとする者はまずないだろう。 本人の封印にはかなりの時間を要した。 普段は無表情でか細いものが、何か感情や興味が動こうものなら、零れ落ちるほどに濃い闇がほとばしる。常の平穏が、実は白の由来からの制御なのだと気が付くまで暫くかかったが、どちらも強く作用しあうと判れば、試すべき術式を思い着くに至ったのだった。 幼いタニアは暫くの間を鍛冶小屋と近隣の地の旅で過ごし、大部慣れた頃に、頼まれて迎えに来たというまじない師に連れられて帰って行った。 その後の詳細は尋ねてないが、人と魔物の住む港の町で長く過ごし、養い親として魔物の血を引いた子を育てるまでになるのだった。 「で、その封じ込める術って、どうやるの?」 ライデンが、興味深々の顔で尋ねれば、デーモンが手で振り払う。 「聞いてどうする? 理解もできなければ、使えもせんぞ?」 「でも知りたいよね〜」 「それは是非とも知っておきたいものだな。」 面白がって、ルークもエースも口を挟み、デーモンが渋い顔をする。久しぶりに顔が揃って、皆うかれているのだ。 「…ああ、バランスがとれて強力だと割合いやり易いんだよ。こう、ふちを摘まむように持つ感じで、くるりとひっくり返して…」 「それじゃ、クレープじゃん〜!」 「くる〜ん!」 ジェイルが言い、その脇でタニアもめくられる仕草をしながら椅子から滑り落ちて見せる。 皆が笑った。その声に呼応するように、タニアの首の飾り輪が浮いて回り当たる、高い音が微かに響く。 |
| 63◇タニアの話 seasonU-1◇ゼノンの昔の話◇完◇ ◇DC27('25).9◇ |