昭和50年
映画看板との出会い
雪国・新潟生まれの清治は、小さい時から絵を描くことが大好きでした。東京へ上京し、映画看板の会社に就職。看板職人としての修行が始まります。
HISTORY & ACHIEVEMENTS
諏佐清治が歩んできた、看板づくりの道のりです。映画看板の絵師としての経験から始まり、多くのお客様と支えてくださった方々に支えられ、現在に至ります。
昭和50年
雪国・新潟生まれの清治は、小さい時から絵を描くことが大好きでした。東京へ上京し、映画看板の会社に就職。看板職人としての修行が始まります。
昭和60年
結婚を機に独立し、清水工芸を創業しました。
平成元年8月
日本のバブル景気に伴い、不動産全盛期を迎えます。工場を借りて人手も増やし、不動産誘導看板を中心に事業を拡大しました。


平成3年
バブル崩壊後、資金繰りは急速に厳しくなりました。工場を閉め、従業員にも辞めてもらうことになり、最悪の場合には倒産も頭をよぎるほどの状況でした。
そんな時、ある方から「信頼を築くには長い年月がかかる。けれど、ここですべてを投げ出してしまえば、その信頼は一瞬で失われてしまう。それほど大変なことなんですよ」と励ましていただきました。この言葉に背中を押され、看板づくりを続ける決意を固めました。
作業場がなかったため、ワンボックスカーの荷台に棚をつくり、材料や資材を置けるようにしました。看板の組み立ては、駐車場などで行いました。
数年にわたり、同業者の方やお客様には作業所を提供していただくなど、多くの支えをいただきました。その温かいご厚意に支えられ、再び歩みを進めることができました。
平成24年
20年以上お付き合いのあるお客様から、関東近郊の動物病院看板のご依頼を受けるようになりました。年に5〜6店舗の看板製作・施工に携わっています。


平成28年
LED看板が進んでいる韓国へ視察に行き、部品も韓国から取り寄せながら研究を重ねました。

