騎馬民族の侵入
小アジアのトルコ化
現在のトルコ人の祖先は中央アジアの大草原で暴れまわっていた騎馬遊牧民族であった。ここトルキスタン(トルコ人の土地)から幾つかの部族が西へ向かってビザンティン帝国へ攻めこみ、歴史を変えてしまった。
  1071年、東トルコのマラズギルドで歴史を変える戦いが行われた。ビザンチン帝国は重装騎兵に率いられた歩兵集団、トルコ側は軽装ながら大半が騎兵で集団で馬上から矢を速射した。その結果、ビザンチン軍は総崩れとなり、この戦い以降、トルコの騎馬軍は小アジアを切り取り放題となった。
  トルコ諸部族は中央アジアのセルジュク王家から王子を迎え、小アジアの大半を領有するルーム・セルジュク王国を建てたのだった。ヒッタイト以来のアーリア語族の土地だった小アジアはアルタイ語族の支配下に入り、十字軍をはじめ何回ものアーリア系諸族の反撃も虚しく現在まで確保されているのだ。
泰西王侯騎馬図屏風にはモスクワ大公(右)とトルコ王(左)の部分

泰西王侯騎馬図屏風


  モンゴル王、モスクワ大公、トルコ王、神聖ローマ皇帝を各扇に描いた4曲1隻屏風で、写真はモスクワ大公(右)とトルコ王(左)の部分。会津若松城に伝来したもので、もとは襖絵だったといわれる。日本画の顔料を使用。17世紀初期。=神戸市立博物館蔵
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