吸血鬼ローマ
「平和の時代」の実態
後世、ヨーロッパ人はローマ帝国の子孫であることを誇り、その栄光を賛美した。しかし、その実態と現実をヨーロッパ人の大半が知らないか、または故意に無視しているにすぎない。「パクス・ロマーナ(平和の時代)」の実態は?
  「ローのマの平和」の時代は本当の平和だったのだろうか。ローマの実力者の闘争が最終的勝者の出現で終わり、彼らが資金源としていた属州がその負担に耐えられなくなっただけである。軍資金不足で実力者が次々に倒れ反乱資金の余裕さえ無くなったための平和に過ぎなかったのだ。
  この結果、小アジアでは遺跡は殆どローマ時代のものとなり小アジア独特のものは少ない。小アジアにとどまらず地中海世界各地のローマ帝国の遺跡は地域的特色を殆どもたない建物ばかりで、極めて画一的な設計であることに気づくだろう。
  その点では21世紀に入って叫ばれ出したグローバル化は見事にアメリカ化に似ているし、ローマ帝国に極似しているのだ。
  旅も初めのうちはローマ帝国の建造物を見て感心していたが、どこへいっても同じでは旅の醍醐味がないではないか。
  ダンテが言った「ローマの城壁は襟を正して見よ」式の意見はヨーロッパ文化至上主義者の見方にすぎないのである。
ローマの円形劇場はどこも同じ=チュニジアで
アフリカの地中海沿岸は前146年以来、ローマの植民地となった。このローマ支配の歴史を物語る遺跡が北アフリカ各地に数多く残されている=チュニジアに残る円形劇場
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