ギリシャ文明の故郷
イオニア(現トルコ/エーゲ海沿岸)
古代ギリシャ文化のポイントは「市民による文化」だった。これはギリシャ本土で花開いたのではなく小アジアのエーゲ海沿岸のイオニアで生まれ、後にギリシャ本土へ伝わった。なぜイオニアで花開いたのだろうか。(*1)
  歴史の父・ヘロドトスはイオニア出身で「世界で最も空気がうまく、最も気候が良いところ」と言った。この豊かな風土こそ文化の花を開かせる原動力だった。
  イオニア人は主として貿易で生計をたてていたようだ。商業上の理由でギリシャ語のアルファベットを発明した。同じ貿易の民、フェニキア人の文字を改良してアルファベットにしたものだ。
  貨幣を地中海に普及させたのもイオニア人だった。小アジア西部のリュディア王国で造られた鋳造貨幣を、商業取引の材料として採りこみ商業革命を起こしたのだ。
  タレースという1市民は天体観測から日食の原理と豊作との関連を知って大もうけをしたが、宮廷の天文官でなく一市民だったことが重要だ。
  大叙事詩「イリアス」「オデッセイア」を生んだ土地もイオニアである。方言、言葉の使い方に一貫した個性があるという。
  ピタゴラスはミレトスに近いサモス島の出身で、この島は水準器、旋盤の発明者で彫刻家のテオドロスを生んだ。      
アクロポリスのプロピュライア楼門のイオニア式柱頭装飾=アテネで
top . アクロポリスのプロピュライア楼門のイオニア式柱頭装飾
アテネで