狂信武装集団・十字軍
ビザンチン帝国の謀略
  十字軍の結成理由を聖地エルサレム占領やキリスト教徒の巡礼妨害に求めているが、これは史実に反している。事実はビザンチン帝国の謀略だった。
 「剣かコーランか」は西欧の対イスラム・ヒステリーが生んだ虚偽だった。
  7世紀に聖地エルサレムがイスラム軍に奪われた時は何らの手も打たなかったビザンチン帝国は小アジアを奪われたとことは経済基盤の大半を失うことを意味した。そのため、それまで見下してきた西欧に援助を求めたのが真相だろう。
  これをキリスト教の聖戦に置き換えた証拠に、第1回十字軍がビザンチンのトルコ軍を破りシリアに進撃する時は理由をつけて降りてしまった。
  この虚偽を西欧は見破れず、今なお十字軍結成の理由をイスラムの聖地占領を巡礼妨害にあったと信じている。日本の教科書まで西欧の見解に右へならえである。
  1095年、クレルモンの公会議で対イスラム戦を次ぎのように呼びかけた。
 「イスラム教徒はキリスト教徒を見つけると老若男女の区別無く腹に穴を開け...」
 「これらの悪者どもに復讐し、聖地を奪回する聖戦に参加する人々には天国が約束されている!」 
 実態はどうだったのか。
  十字軍のエルサレム戦領時は7万人以上の住民が老若男女の区別無く殺された。
  これに反し、エルサレムを奪還したサラディンは「目には目を」の復讐を禁止、一般人は開放し、兵士にはわずかな身代金で釈放し、本国へ帰らせた。                top .