旧約聖書から現代へ
パレスチナの略歴
ユダヤ人の歴史は起源前(BC)については旧約聖書に記されている。以降については歴史書などから抜粋した。ここから出てくる、私たちの結論はパレスチナの地はユダヤ人のものではない。
  ルーツはウル(現イラク)、またはウルク(現トルコ)でありパレスチナはカナン人、ペリシテ人その他の部族のものであった。百歩譲っても、パレスチナ人を追い出す理由にはならない。
BC3000 カナン人 パレスチナ最古の民で彼らの宗教儀式が、後にユダヤ、キリスト、イスラム教に影響を与えた。ヘブライ語もカナンの言語がルーツとされる。
2000 アブラハムのウル(現イラク)出発 神からの「約束の地・カナンへ行け」を実行してウルを出発の真実はトルコのウルファ、という説もある。妻サライとの子イサクがユダヤ人の祖先、奴隷ハガルとの子イシュマエルがアラブ人の祖先とされる。
1600 エジプト移住 食料不足のため?エジプトへ移住する。
1280 出エジプト モーセに率いられてエジプトの圧政を逃れ、40年間のシナイ半島放浪を続けた後、カナンの地に辿り着く。
1300 カナン制圧 ヨシュア、中部のカナン人、などから土地を奪う。
1100 エルサレム制圧 ダビデ王がエブス人から奪い取る。
1020〜
922
王国時代 初代サウル王に始まり、ダビデ王、ソロモン王を経て分裂までの安定期間。後にイスラエルとユダの王国に分裂。
587〜
538
エルサレム陥落
バビロンの捕囚
バビロニア帝国(現イラクのあたり)による捕囚時代。後にペルシャにより解放され帰国する。
135〜 ディアスポラ(離散) バビロンの捕囚に始まり、ローマ時代を通じてアシュケナジ(中・東部欧州系)、スファルディ(イベリア系)までの離散。
AC 66〜
70
エルサレム陥落 ローマによる破壊。
66〜
73
マサダの戦い ローマ軍に抵抗してサウル王が作った砦に2年間、立て篭もるが1000人弱の集団自決で終わる。
1897 近代シオニズム テオドール・ヘルツル(オーストリア記者)はドレフュス事件を機に「ユダヤ人国家」(1896)をまとめ、以後、シオニズムは盛り上がった。
1938 ホロコースト 500万人以上のユダヤ人がナチによって殺害されたが、これがイスラエル建国の土台となった。
1947 パレスチナ分割決議(国連) ユダヤが受け入れた決議案を、パレスチナは拒否して軍事衝突するが、イスラエルの勝利に終わる。
1948 イスラエル建国宣言 5月14日、イギリスの統治終了間際。直後から中東戦争が始まるが、いずれもイスラエルの勝利に終わる。
1948 パレスチナ人の追放とユダヤの入植 デイル・ヤシン村の虐殺事件をてこに組織的追放が始まる。この事件が大々的に報道されたため、パレスチナの村から人が消え、跡地に入植が組織的に行われた。
1993〜 中東和平合意 アラファト議長(パレスチナ)とラビン首相(イスラエル)が暫定自治協定に調印、ガザ地域とエリコでの自治が始まる。両首脳にノーベル平和賞。
top .