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3. 020921 縄文時代の教育は老人が担っていた!
高齢者パワーを見直そう
  ある学者の講演会を聞く機会があった。この日のテーマは「縄文文化の担い手は老人!?」であった。非常に興味をひく内容だったので、ここに引用させていただく。
  縄文文化が発達した理由は、教育の仕組みにあった。教育は現在のような社会全体で組織としての学校は未だ無く、家庭に任されていた。
  その家庭の親たちは生活の糧を手に入れるために、一日を使わねばならない時代で子どもの教育には手が回らなかった。ここでは子どもの教育は引退した祖父母に任せざるを得なかったのだ。
  3世代世帯(場合によっては4世代)が普通の時代にあって、時間のある祖父母は孫にあたる世代の教育にあたっていたのだ。これが、縄文時代の文化が栄えた影の理由だった。
  現代の教育はどうだろうか。グロバリゼーションの影響で日本の家庭は核家族化し、祖父母と父母、そして、孫の関係は崩れてしまった。ここでは子どもの教育は父母が担わざるを得ないのである。しかし。縄文時代から現在に代わっても、父母たちは余程、恵まれた条件でないかぎり、原則として、共働きをせざるをえない状態にあり、家庭を顧みない父に代わって母親に任せきり、が現状である。 ここでは満足な、しつけ、教育はできるわけはない。その結果は見ての通りの惨状である。
  ではどうしたらよいのだろうか。祖父母の再登場が望まれるのだ。家庭に祖父母を呼び戻して3世帯に戻るのだ。しかし、これは現実的ではないだろう。
  現実的な解決法は、形を代えた祖父母と孫の教育関係を作り出せばよいのだ。その形とは、学校の完全5日制を利用し、土曜日を公民館などで活躍している祖父母世代の高齢者に登場願い、ここで孫世代と共に過ごすことによって、この中で、教育をしていくのだ。
  以上が、講演内容の概略であった。
  なるほど、と納得すると同時に、私には、いろいろと頭に浮かぶ光景があった。それは高齢者が主人公の民話や童話が世界には沢山ある、ということであった。
  映画「ハリーポッター」に出てくる魔法の主人公は若い少年で、箒に跨って空を飛ぶ訓練をするが、ここでの教師は高齢者であった。古い民話をひも解いてみると、欧州で活躍するのは、白雪姫、サンタクロース、、箒に乗った魔法使いの老女、フィンランドの叙事詩「カレワラ」の主人公など、すべて白髪の、または、白ひげの老人である。
  ひるがえって、日本では、桃太郎の物語、竹取物語などの民話が頭に浮かんでくる。
  うーん!なるほど、われわれ日本人は高齢者パワーを無駄に捨ててしまったいるのではないか。考えさせられる講演会だった。