バレッタ
スナップ
「薫りと叫びと石段と鐘の音のまち(バイロン)」と呼ばれたバレッタの姿をいろいろな角度から見てみよう。
空からみた城塞都市バレッタ   バレッタのあるマルタは、マルタ、ゴッツォ、コミノ、コミノット、フィルフラの5島からなる。最大のマルタ島の面積は246km2でざっと淡路島の半分の面積。
  その後、カルタゴ、さらに前218年にはローマの植民地となる。395年にローマ帝国が分裂すると、マルタはビザンティン帝国の支配下にはいるが、870年にアラブ人に占領される。 
空からみた城塞都市バレッタ
夕日い浮かぶバレッタ   マルタに残る遺跡の数々は、かつて発達した古代文明が存在したことを示している。
  マルタ島東部のパオラ付近の地下墓堂からは、石器時代や青銅器時代の遺跡が発見されている。前1000年ごろ、マルタはフェニキアの植民地となるが、前736年にはギリシャに占領されメリタと呼ばれた。
夕日い浮かぶバレッタ   ノルマン人がマルタのアラブ勢力を征服(1090年)した後、マルタはシチリア王国の封土となる。1530年、神聖ローマ帝国皇帝カール5世はマルタをロードス島を追われた「エルサレムの聖ヨハネ騎士団」に与え、マルタ騎士団として19世紀までマルタを支配した。
  マルタはカトリック世界のオスマン帝国に対する最前線基地として位置つけられ、1565年、オスマン帝国がマルタ奪取に失敗すると、騎士団はバレッタに地中海一といわれる強大な要塞を築いた。
夜景の中のバレッタ
夜景の中のバレッタ top .