聖エルモ砦
城塞都市バレッタ
  エルサレムを追われた十字軍のうち、20代の貴族階級出身者だけで編成された騎士団はロードス島で戦ったが、ここも追われマルタを最後の砦とする。騎士団以前と以降のマルタの歴史を探る。
  マルタに残る遺跡の数々は、かつて発達した古代文明が存在したことを示している。マルタ島東部のパオラ付近の地下墓堂からは、石器時代や青銅器時代の遺跡が発見されている。前1000年ごろ、マルタはフェニキアの植民地となるが、前736年にはギリシャに占領されメリタと呼ばれた。その後、カルタゴ、さらに前218年にはローマの植民地となる。395年にローマ帝国が分裂すると、マルタはビザンティン帝国の支配下にはいるが、870年にアラブ人に占領される。
  ノルマン人がマルタのアラブ勢力を征服したのは1090年のことだった。その後、マルタはシチリア王国の封土となる。1530年、神聖ローマ帝国皇帝カール5世はマルタをロードス島を追われた「エルサレムの聖ヨハネ騎士団」に与え、同騎士団がマルタ騎士団として19世紀までマルタを支配した。マルタはカトリック世界のオスマン帝国に対する最前線基地として重要度を高め、1565年、オスマン帝国がマルタ奪取に失敗すると、騎士団はバレッタに地中海一といわれる強大な要塞を築いた。
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