サンタ・ルチア
シラクーサの聖女
  シラクーサの町は前8世紀以来の歴史を懐深くかかえながら、穏やかなイオニア海の淵にたたずんでいる。紀元前の昔、数学者アルキメデスが浮力の原理を風呂の中で発見し、「ユリーカ(われ発見せり)」と叫びながら飛び出して行ったのも、この町のどこかである。
  オルティージャ(うずら)旧市街は、うずらの形に似ているため、こう呼ばれている。シラクサ発祥の地で、うずらの形に変えられたゼウスの愛人レトがたどり着いたところ。
ギリシャ神殿の最上部から見た眺め   シチリアのギリシャ劇場では一番大きな劇場。当時はこのような木もなく、観客席から向こうの海が背景に見えたはずである。
  この劇場を見ていると、古代ローマ劇場は単なるギリシャ劇場の模倣に過ぎないように思えてくる。

 この街には「サンタ・ルチア」などエピソードも多い。
ギリシャ劇場の最上部から見た眺め
サンタ・ルチア
  聖ルチアと聞くと、「サンタ・ルチア」からの想像でナポリ辺りの人、と思うのは当然だが、本当は何の関係もなく、実はシラクサの出身。
 イタリアに限らず北ヨーロツバで広く信仰されるルチァは、貴族の娘として3世紀後半にシラクサに生まれた。ルチアとはラテソ語のLux(光)を意味し、ダンテも「神曲」の中でルチアを天上の光を運ぶ聖女として描いている。304年のデイオクラティヌスの最後の大迫害によよって捕らえられ殉教者としての短い一生を終えたのだった。
  そしてルチアは眼病に対する守護聖人。これはルチァが自ら両目をくりぬいて・彼女の瞳の美しさを称えるしつこい求婚者に届けたというエピソードによるもの。殉教の際には、ローマの兵士たちは短剣を聖女の喉に突き刺して、彼女を死に至らしめた。これは14世紀にはすでに普及していた彼女の殉教物語のバリエーシヨンの一つ。とにかくこんなことから両目と短剣が聖ルチァのシソボルとなっている。(*5)
サンタルチアの祭壇 「ディオニソスの耳」石切り場跡
サンタルチアの祭壇 「ディオニソスの耳」石切り場跡
パピルスの茂るアレトウーザの泉 「ディオニソスの耳」石切り場
奥行き65m、高さ25mの天国の石切り場に15000人の捕虜を閉じ込めた。
アレトゥーサの泉
川の神アルフェイオスから逃れようと、狩の女神アルテミスに仕える美しいニンフ(妖精)・アレトウーサは泉になるが、ここで捕らわれてしまう。
パピルスの茂るアレトゥーサの泉
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