聖ヨハネ騎士団ゆかりの
ロードス島
  ロードス島は聖ヨハネ騎士団とオスマン・トルコの戦いで有名だ。
  「ロードス島戦記」を読みやすくした「ロードス島攻防記」(塩野七生=新潮社)は読みやすい。
エルサレムから追い出された十字軍の残党のうち、殆ど20才台のしかも貴族出身の騎士たちがロードス島ヘ立てこもり、イスラム勢に抵抗した記録だ。
  たまたま、ビデオ・レンタルにアニメの「ロードス島戦記」(7巻)があったので借りて来て見始めたがどうも内容が違う。こちらは人間対怪獣の攻防記のようである。
  2巻を見て中断したが、最後まで見た人は教えてください。接点があるのか、無いのか。どうも早とちりしたらしい。
  さて、正統派「攻防記」によれば....
国別宿舎が並ぶ=聖ヨハネ騎士団城内で
国別宿舎が並ぶ=聖ヨハネ騎士団城内で
 最後は激戦の末、強固な城壁を破られて騎士団は敗れるのだが、破られたはずの城壁はなく奇麗な城壁ばかりである。
  修復したのだろうか。激戦のあとを少しくらい残っていたほうが....
  城壁といっても当時は町全体を囲んでいたので、いまでも旧市街として残っており、騎士団の住んでいた地域やバザールなど当時の様子などが偲ばれる。
  映画「ナバロンの要塞」のロケ地にもなったらしい。グレゴリー・ペック主演の映画だったと思うが、これはドイツと連合軍の攻防記で接点は無い。
  この後、聖ヨハネ騎士団はマルタ島に逃れ、ここに舞台を移してオスマン・トルコに抵抗を続けることになる。
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