ロマンチック街道
ノイ・ジュヴァン・シュタイン城
バイエルン地方を南北に走るロマンチック街道のゆわれは、ローマへ通ずる道の意味で、ロマンチックな街道だからではない。この道はドイツの最南端フュッセンで終わる。
  この地方は土地が豊かで古くから麦、麦芽の産地であった。豊富な資金を使いルードヴィッヒ二世は有名な、ノイ・シュヴァンシュタイン城(新しい白鳥の城)を建設したが、二世は謎の死を迎える。自殺、他殺の説があるが、決め手はないようだ。
  ワグナーのパトロンだったルードヴィッヒは城のあちこちにワグナーの題材の絵を飾った。城には人口の洞窟が造られていたが、当時のヨーロッパでは一般的だったという。そして、そこは母の母体を意味し、ここで結婚式を挙げることで、子宝に恵まれることを願った。
ルードヴィッヒの肖像画(部分)
ルードヴィッヒの肖像画(部分)
ワグナーの「ロエングリーン」の絵
ワグナーの「ロエングリーン」の絵
ルードヴィッヒが発見された湖の十字架
ルードヴィッヒが発見された湖の十字架
ノイ・ジュヴァン・シュタイン城                         top .