シェーンブルン宮殿
会議は踊る
「美しい泉」の意味をもつシェーンブルン宮殿はハプスブルク家の夏の離宮で、オスマン帝国軍のウィーン包囲を打ち破った記念として発案され1700年にほぼ完成した。
  その後、1749年にマリア・テレジアのもとで大改造され、内部はシノワズリーやロカイユ装飾をふんだんにちりばめた典型的なロココ様式に変えられた。1400以上の部屋と、後に完成された美しい庭園をもつ。庭園の一画にはマリア・テレジアの夫フランツ1世が52年に設立した動物園があり、近代動物園の起源とされる。
  1809年10月14日、宮殿では、オーストリア軍をやぶったナポレオン1世とオーストリアとの間でウィーン条約が結ばれ(シェーンブルン条約)、また1814〜15年のウィーン会議では、宮殿の大広間で連夜の舞踏会が開かれ、「会議は踊る、されど会議は進まず」とやゆされた。
宮殿を抜けて庭園に 昇りきった所にグロリエッテ
宮殿を抜けて庭園に 登りきった所にグロリエッテ
シェーンブルンの黄色が映える宮殿と庭園の美しさに息をのむ
シェーンブルンの黄色が映える宮殿と庭園の美しさに息をのむ=ネプチューンの泉から
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