旧ユーゴスラビア
四つの断層
  ユーゴスラビアにの地殻の中には、歴史的に積み上げられた文化、社会、政治など、さまざまな分野にまたがる「断層」が走り、これが複雑に絡み合って混沌とした多民族国家を形成してきた。「断層」は時には水面下に潜り、時には波間に顔を出して牙をむいた。この断層をチトー大統領は押さえ込んでいたのだが死亡とともに表面化する。
 
 文化(西と東)
 
=個人対集団
  西北部のスロベニア、クロアチアは第一次大戦にいたるまでの長期間オーストリア・ハンガリー帝国の支配下に、セルビア以南の諸民族は4世紀の間トルコ帝国の支配下にあった。
  この断層を境にして宗教にはじまり食物、住宅様式、民謡、民族衣装、お祭りなどの分野から行動様式、社会意識、生活水準まで、今なお厳然とした格差、相違が残っている。
 例えば、西の民族はペアで踊り個人的、東の民族は輪になって踊る集団的であり、これは踊り以外の習慣にも当てはまるという。
西の民族はペアで踊り個人的、東の民族は輪になって踊
ペアで踊るクロアチアの人々=ドブロブニクで
 宗 教

=カトリック、東方正教、イスラム
  西北部での宗教はカトリックであり、東では東方正教(セルビア、マケドニア正教)。イスラム教徒は少数派だが、いざ戦いとなると周辺のイスラム国家からの義勇軍の支援を受け、セルビア勢力、クロアチア勢力との三つ巴の宗教戦争ともなっている。
第二次大戦の怨念

=ナチスの影
 第二次大戦中、ナチス・ドイツの占領下にあった西側は親ナチス政権がナチスの指示に従いセルビア、ユダヤ人の虐殺を行い、その数は75万人、うち、戦闘員は15万人といわれる。
 「ユーゴのアウシュビッツ」といわれる町ではセルビア人、ユダヤ人、反ナチスのクロアチア人が集団殺戮されたとのことだが、真相は解明されていない。
 主義・主張

=民主系対共産系

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  旧ユーゴ後の自由選挙でスロベニアは90年4月、民主野党連合(ミラン・クーチャン党首)が、クロアチアでは同5月に民主同盟(ツジマン党首)が共産系に圧勝し民族至上主義を煽った。
  セルビアでは90年12月、ミロシェビッチ(社会党=共産系)が圧勝し92年に再選、人気が続いていた。