ブコビナ修道院群
天国を映しだす鏡
フレスコ画は聖堂などの内壁に描かれたものが多いが、ルーマニア北部、北モルドバのブコヴィナ地方には外壁を覆うフレスコ画で有名な修道院群が点在している。
ビザンチン帝国から伝来したこの地方のキリスト教はルーマニア正教と呼ばれ、そのフレスコ画はビザンチン美術のパライオロゴス朝様式の特色を伝えている。作家川又一英は、季節や天候、時間によって自然の光が演出し多彩な美しさを醸し出す外壁フレスコ画は、まさに「天国を映しだす鏡」だと絶賛している。(*1)
外壁フレスコ画で知られる修道院は、ブコヴィナ地方に8つある。いずれも、モルダビア公国〔現モルドバ〕最盛期の16世紀前半に描かれている。8つというのは今日残っている数であり、そのうちで保存状態もよく、案内書で紹介されているのは5つほどである。
今日、ルーマニア正教の名で呼ばれるこの地のキリスト教は、ビザンチンからブルガリアを経て伝えられた。一帯は永らくカトリック圏のハンガリー支配下に置かれ、14世紀になってその支配を脱して独立、ビザンチン帝国が亡んだ後も、トルコに抗して勢いを振った。この時期、修道院が相次いで建てられたのは、民族の誇りと信仰の回復が同義であったからであろう。その結果、ブコビナ地方は「ビザンチン亡き後のビザンチン美術の宝庫」と呼ばれるようになる。.
なぜ、聖堂内部をおおっていたフレスコ画が、外壁にまで描かれるようになったのか。フレスコ画は退色しやすい。現実に退色・剥落している箇所も少なくないのだが、総じてこの地方のフレスコ画が外気にさらされ、雪や雨をみながら、驚くほど色彩を留めているのも不思議なことだ。
色彩の鮮やかさ、構図や描法の質の高さももちろんであろうが、審判図がこれほど強烈な印象を与えるのは、この夕陽の光のせいではないか。わたしはそう思った。同じ光の条件は聖堂内部、高窓から差しこむ数条の陽光や蝋燭の灯では望むべくもないのである。
この地の聖堂はどこも小さい。復活祭などになれば当然、入りきらず、聖堂の周りを取り囲む。恐らく初めは、収容できない信者のために外壁をフレスコ画で飾ったのであろう。至聖所(祭室)というもっとも聖なる場所の外壁には、かならず聖人・天使を配したのもそのためだろう。
同時に、外壁であるが故の光の効果に気づくようになった。日の出から日没まで、晴れわたる夏の日から雪に閉ざされる冬の日まで、季節や天候、時間によって外壁フレスコ画は刻々と異なる表情をみせる。その美がブコビナの民を惹きつけたのだ。それが故に、聖堂外壁は単なる神の家を覆う「外の壁」でなく、外壁自体が「天国を映しだす鏡」となった。
聖堂の外部を飾る例は、西方ロマネスクの彫像が有名である。ビザンチンでも聖堂の入口ポーチ(ヴェスティビュール)壁面にフレスコ画が描かれることはあった。しかし、聖なるものは不朽不易でなければならなかったから、イコンやフレスコ画は堂内において、高窓からの間接光や蝋燭の灯で眺められてきた。この地の人びとはそれを白日の下にもちだしてしまった。ビザンチン帝国が亡び、バルカンの山間の地にあったがために、そうしたルーマニア人の好みを表出するのに支障はなくなっていた。また、陸の孤島であったがために、こうして今日まで生き残ったのであろう。
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