ペリシテ人の征服
その名がパレスチナに
イスラエル人が最も忌み嫌ったのはペリシテ人だった、という印象が聖書は与える。ペリシテという言葉は野蛮、粗野など、ばかにした表現であった。
BC11世紀のテル・カサーレのペリシテ人神殿
BC11世紀のテル・カサーレのペリシテ人神殿(北ペリシテ=*5)
  ペリシテ人はクレタ島、あるいはキプロス島から渡ってきた、カナン人に比べて比較的新しい民族との説もある。
  しかし、最近の研究では、古くから定住していて、カナンの土着文化に既に十分適応していた、とされている。また、その文明は全般的にイスラエル人よりより優れこそすれ、劣ることはなかった、ともいわれる。
  ペリシテ人がこの地から姿を消しても、その名は、この地域に残った。ギリシャ人が紀元前700年頃からイスラエル南部の海岸線に通っていたがペリシテの名を聞き、その地方全体を「パレスチナ」と名づけたのである。
top