出エジプト記
海が割れる
エジプトの初子の男児がすべて死ぬという災いに見舞われたファラオはイスラエルの民に出国を許すが、、この後、多くの出エジプト記が生まれる。その中でも印象深いのはスエズ海を渡るシーンだろう。
モーセが海に手をかざすと、海が割れ...
モーセが海に手をかざすと、海が割れ...(*5)
イスラエル人が旅だった直後に、ファラオは思いを変え、イスラエル人を追いかける。これを知った人々は慌てるが、モーゼは「神を信じなさい」と海に手をかざす。海は左右に割れ、イスラエル人たちはここを渡る。後を追ってきたファラオの軍勢が海の道を渡ろうとしたところ、突然海が閉じ、軍勢は全滅してしまった。
この物語もサントリーニの大噴火とその後の大陥没によって説明がつくのだという。カルデラの大陥没はエーゲ海の水を大量に引き寄せ大きな引き潮となる。、これが浅瀬を海上に露出させる。イスラエル人が渡った直後に、引き潮の大反動が訪れたというわけだ。
「なぜ今宵は常の夜と違うのか」...過越しの祭
  「なぜ今宵は常の夜と違うのか」。セーダーと呼ばれ、世界中のユダヤ人たちが祝う過越しの祭の第ニ夜の祝宴で、そう唱えられる。これは出エジフトを記念して、ユダヤ人のエジプトからの解放を祝う宴である。
  「過越し」とは死の使いがイスラエル人の家庭を「過越して行った」ことを意味する。そのため、イスラエル人の初子たちは、神がファラオにイスラエル人を束縛から解放させるためにもたらした最後の災いから免れたのである。この問いに答え、祈りと歌によってこの物語を繰り返すことで神の約束が果たされ、イスラエルの民がかつての地に戻ることができた時の奇跡を思い起こすのである。
  過越しの祭の起源は複雑で、聖書の記述は、出エジプトから1000年以上も後、第二神殿」の時代の後期に生まれ、今日まで行われている過越しの儀式とは異なるものである。春に子羊を捧げる習慣は、古代の荒野の祭と関係があり、また7日間、酵母を入れないパンを食べる習慣は、もともと新しい作物の収穫の祭であったとする説明がある。両方の祭が出エジプトの出来事の後に、このことを祝う祭の中にやがてひとつになっていった。
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