イエスの逮捕と裁判
彼に対しての罪状は?
イエスの逮捕と裁判の真実は、緊迫した社会情勢の中で、社会の現状を転覆させるおそれのある者を消してしまう方が、ローマ人と対立する危険を犯すより得策だったのである。
マルコ福音書12では、何人かがイエスの言葉尻をとらえて陥れるためにこう質問する。「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか」そこでイエスはデナリオン銀貨を見せよと言う。「彼らがそれを持ってくると、イエスは、『これは、だれの肖像と銘か』と言われた。彼らが、『皇帝のものです』と言うと、イエスは言われた。『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい』」。
イエスの敵が彼につきつけたジレンマは、もし税を払うべきと言った場合、国民主義者の反感を買い、もし支払うべきでないと答えれば、ローマ人とその同調者を敵にまわすということである。そしてもし後者の答えを選べば、反逆者として処刑されることが予想された。これは落とし穴である。
答えは、皇帝のある限られた範囲における権威を認めるものである。しかし強調しているのは、神のみが命じることのできる完全絶対の服従を、神に対して捧げよ、ということである。
イエスに対する抵抗はマルコ福音書12のほかの個所にも見られる。どちらかに立場を決めなくてはならないような議論の白熱した問題によって、イエスを罠にかけようとしていたということである。(*2-p156)
イエスを殺害しようとする動きの裏には誰がいたのか。彼に対しての罪状は実際どのようなものだったのであろうか。
福音書によれば、ユダヤの祭司長や長老たちがイエスを逮捕させたようである。イエスはユダヤのサンヘドリン(最高法院)で審判を受け、ユダヤ人権力者たちが大衆の支持のもとに、ローマ法廷でイエスが有罪判決を受け処刑されるよう画策したようである。
ユダヤ人たちは、ローマの権力者たちを多少なりとも刺激するような罪状でイエスを訴える。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました」(23:2)。ピラトはこの種の嫌疑に応えて判決を下したのである。イエスは平和を乱す者として処刑された。おそらく熱心党員、すなわちユダヤの解放軍戦士とみなされたのであろう。
イエスがこれらの罪状に関して無罪で、それはユダヤ人権力者たちが宗教上の理由からイエスを抹殺するためにでっち上げたものであると記す。
歴史的状況の中で見ると、イエスを死にいたらしめた真実の理由は、ローマ軍の占領による緊迫した社会情勢と、ユダヤ人当局者が何とかして生計を立てなければならないという厭うべき現実にあったといえる。
大祭司がほかのユダヤ教指導者たちに語る言葉は的を得ている。「あなたがたは何も分かっていない。一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか」(ヨハネ福音書11:49〜50)。言いかえれば、社会の現状を転覆させるおそれのある者を消してしまうほうが、ローマ人と対立する危険をおかすより得策であったのである。(*2-p159)
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