バビロンの捕囚
1次捕囚から解放まで
古代イスラエルの民がバビロニア帝国の王ネブカドネザル2世によって捕らえられ、パレスチナのユダ王国からバビロニア帝国の首都バビロンに連れ去られた事件。
前597年の最初の強制移住から、前538年のペルシャ王キュロスによる捕囚民の解放までをバビロン捕囚時代と呼ぶ。前597年の第1次捕囚では、イスラエルの上層部、兵士、職人が連れ去られた。前586年の第2次捕囚では、ネブカドネザルの兵士がユダ王国の首都エルサレムを破壊し、残っていたイスラエル人の大半をバビロンに連れていった。だが、重要人物はエジプトへ逃げ最下層の農民はパレスチナに残ることを許された。前582年の第3次捕囚においても、多くのイスラエル人が連れ去られ、ニップルやバビロンの近郊を流れるケバル川流域の村に植民した。
こうしてイスラエルは、バビロニア帝国の支配下におかれたが、前562年にネブカドネザル2世が死亡し、前539年にペルシャの王キュロスがバビロンを征服すると、帝国は崩壊した。捕囚民は解放され、故国へ戻された。
  約半世紀に及ぶ苦しい捕囚の期間は、イスラエル人を精神的な団結と強い信仰を守る民族に育てた。バビロン捕囚時代は、ユダヤ民族が生まれた時期といわれる。「ユダヤ人」という語は、このときからイスラエル人の総称となった。
拝火(ゾロアスター)教のシンボルはアフラ・マズダ 天使の羽はこれ以降に登場?

イスラエル人を解放したペルシャ(現イラン)の神はアフラ・マズダで、拝火(ゾロアスター)教のシンボルである。この神は羽をもっていた。ユダヤ・キリスト教の天使の羽に影響を与えたとも聞く。
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