10の災い
サントリーニで説明可能?
エジプトで奴隷として苦しんでいたユダヤ人を導いたモーゼは神に頼み、ファラオから開放するためにエジプトに10の災いを起こした。10の災いはサントリーニの大噴火と陥没で説明できる。(*5)
10の災いの内容 災いの原因
1. ナイル川の水は血の色に変わり、魚は死に絶え、人々は水不足に 降灰が濁らせた
2. 蛙の大群がエジプト全土を覆った 異常気象による
3. ブヨの大群が全国土を襲った
4. アブの大群が全土を覆った
5. 家畜が病死した 日光の不足による
6. 人畜ともに膿が出る腫れ物の蔓延
7. 雷を伴った激しい雹が作物と樹木を打ち砕いた 異常気象による
8. イナゴの大群がエジプトを襲った
9. 暗闇が3日間、エジプトを襲った 降灰が濁らせた
10. エジプトの長男がすべて死に、ファラオの息子も例外ではなかった 日光の不足による
太陽光線を強調したイクナートンの絵   この時代の出来事に都を古代エジプトの都市・アケトアテン(現テル・エルアマルナ)へ遷ったことが挙げられる。
  遷した理由の一つがサントリーニ爆発による降灰で太陽を失ったため、太陽を求めて遥か南へ遷ったという説である。そのせいか、王は太陽神を崇める王であった。
  ここの王宮跡で見つかった楔形文字の粘土板はアマルナ文書といわれ、1887年、テル・エルアマルナの農婦が偶然発見したもので、当時の国際語であるアッカド語で書かれていた。
  それらはイクナートンと父アメンヘテプ3世の時代にエジプト支配下にあったパレスチナとシリアの支配者や、バビロニア、アッシリア、ミタンニなどの王から届いた外交書簡である。これらの粘土板文書によって前14世紀のエジプトの歴史だけでなく、シリアやパレスティナをめぐるオリエント諸国の国際情勢について知ることができた。  top
太陽光線を強調したイクナートン