ロシア vs 非ロシア民族
ロシアの横顔
  「ルーシ」の名称で呼ばれていた後「ロシア」の呼称が使われるのは15世紀。東スラブ系民族のロシア人は多彩な混血の結果、青や褐色の瞳と栗色の髪を特徴とし帝政ロシアでも常に主流だった。その後の変化は...
  帝政ロシア下で圧迫された非ロシア民族の不満を革命に利用したレーニンは、ロシア民族と非ロシア民族との平等を目指す連邦をつくろうとした。「民族の牢獄」からの解放が目的だった。
  その後、スターリンは計画経済指向の必要から中央集権をすすめ、ロシア共和国が非ロシア共和国を支配する「民族の地獄」状況を再現したが、スターリンは「民族問題は解決済み」とするイデオロギーで押し通した。
  しかし、現在の諸民族の主張を見る限り、120の民族はそのまま、生きている。「ロシア人を一皮むくとタタール人が出てくる」「ロシアに対するタタール人のくびき」といわれるゆえんである。
  独立国家共同体の構成は100以上の民族、16自治共和国、6地方、49州、5自治州、10自治管区からなる複合構造はスターリン時代の強権で完成していた。しかし、行政単位の間では民族的不信と独立行動が絶えず、16の自治州がすべて独立を宣言するなど変化が進行中っだ。
ロシア共和国内の主な自治共和国人口(’97年推計単位:万人)     数字*2*5ロシア共和国内の主な自治共和国人口
@ モルドバ 95 D ウドムルト 164 H チェチェン 86 コミ 117
A チュバシ 136 E パシキール 413 I ダゲスタン 212 ブリヤート 35
B マリ   F カバルディノ 79 J カルムイク   ヤクート  
C タタール 376 G 北オセチア 66   カレリア 78    
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