Terrart 2012年春号

スペイン・カタルーニャの現代陶芸雑誌「Terrart 2012年春号」の特集記事「21世紀新興陶芸作家達」に掲載されました
(記事の掲載は出版社に許可を得ています)

船戸あやこ "元気のでる色"

 西洋の陶芸作家が日本や中国の東洋美術に魅かれ、その影響を作風にとりいれるという話はよく聞くことだが、そのヨーロッパの模範を打ち破り全く逆の旅程を進んできたのが船戸あやこという陶芸家だ。彼女は日本人というアイデンティティーのその上に、自らの本能で魅かれたスペインの色彩を積み重ね、独自の確固たるスタイルを追い求め、独特の作品を生み出していく作家である。近年、音楽や料理の分野でも『フュージョン』が流行っているようであるが、彼女の作品はまさに陶芸界のフュージョンと言っていいだろう。

 船戸あやこはまた自らの色彩をテーマにした陶芸作品の中に"カラーセラピー"の効果を指摘する。彼女が主催する日本のスペインタイルアート工房で学ぶ多くの生徒達が、スペインの伝統タイル絵付けにこれほど熱中できるのは、その色のバリエーションによるところが多いのではないとか言う。日本の陶芸と違い鮮やかな綺麗な色を多用するスペインのタイル、絵付けをしていくうちに知らず知らずにその色に癒され元気をもらっているのではないかと。私達が生きるこの世の中に当たり前のように存在する『色』だが、もしこの世が色のない白と黒の世界だったらどんなに味気ない世界となっていたことだろう。彼女によれば、人がその日、その時に"心地よい"と感じる色が違い、昨日は緑に無性に惹かれたが、今日はオレンジがいい・・・・など心地よいと感じる色を知ることは自分の心のコンディションのバロメーターにもなるという。

 例えば"青"を彼女はこのように表現する。
~冷静・沈着をイメージさせる青は私達の乱れた心を平常心に引き戻してくれる。私達の心を透明にし、平和へ導いてくれる。この地球に一番多く存在する青、海や空一面を覆うブルーは刻一刻とそのトーンを変えながら目の前に雄大に広がり、そんな無限大なる青を目の前にすれば私達が抱える日常生活の小さな迷いなどは一瞬にして吸い込まれ溶け去ってしまうようだ~

 とても感受性の強い作家であり、彼女の作品を見ているとあたかも物語の世界に入り込んだようでもある。そしてあるイタリアの*形而上学者が言っていた言葉を思い出す。"イタリアの形而上学的な絵画は受け継がれてきた伝統がくれる実りを無視することなく絵画に息を吹き込み、それでいてポップにも無性に心魅かれている"と。一見相反するように思える2つのことは 作家の頭の中で今現在を軸に結びついている。彼女の作品はまさにそんな東洋と西洋、伝統とポップ、過去と未来を折り合わせうまく昇華していった作品であるように思う。

 昨今ありきたりなイデオロギーが氾濫する陶芸界の中で、彼女の作品ほど確固たる独自のコンセプトをもった作品は珍しいだろう。色に、そして形に創造性、感受性、ファンタジーが溢れ、確実な技術を駆使して生み出される作品は本当に抜きに出た個性的なものばかりである。

~以上掲載文章抜粋~

*形而上学・・・現象を『超越』してその背後にある本質や根本的な世界、存在を純粋な思考(理性)、あるいは直観によって探求・研究する学問で、神、世界、存在、霊魂などがその主要テーマです。