どの程度の量が使用できるかを述べる前に、ます歯科用局所麻酔の種類、成分、アレルギーなどの基礎知識を説明していきます。
歯科領域で使用されている局所麻酔薬には次のものがあります。
表面麻酔
粘膜や皮膚に麻酔薬を塗ります(または噴霧します)。歯科では注射針の痛みを和らげるために使われます。
浸潤麻酔
麻酔薬を注射して、浸潤した部分が麻痺される方法です。歯科では歯を削るときや簡単な外科処置など、一般的な治療で使用される麻酔方法です。
伝達麻酔
麻酔薬を神経のあるところに注射し、その神経が走っている先端部分まで麻酔をする方法です。歯科で主に使われるのは下顎孔(かがくこう)伝達麻酔という方法で、下顎の骨に入る神経に麻酔をすると、麻酔をした側の奥歯から前歯まで麻酔が効きます。浸潤麻酔で同じ効果を得るためには、麻酔薬をより多く使う必要があります。少量で広範囲に麻酔をするときに使われます。主に下の親知らずの抜歯に使われます。
局所麻酔薬には麻酔薬自体の他に、以下のものが含まれていることがあります。
麻酔薬
化学構造から、エステル型とアミド型(アニリッド型)に大きく分けられます。麻酔薬の中毒やアレルギーはエステル型で起きやすく、アミド型では少ないとされています。日本で歯科用に販売されている局所麻酔薬はアミド型になります。
血管収縮薬
麻酔薬だけではその部分の末梢血管に移行して取り除かれていくため、作用時間が短くなってしまいます。そこで血管収縮剤を添加して麻酔薬が局所に停滞できるようにします。これは作用時間を長くする以外にも、麻酔薬の量を少なくできる、急激に血中に移行しないため麻酔薬の中毒が起きにくい、出血が少なくなるため手術を行ないやすいなどの利点をもたらします。
安定保存薬
局所麻酔薬を安定させるために含まれています。それ自体で自律神経遮断作用を持つものもあります。
麻酔後に気分が悪くなることの多くは、実際の麻酔アレルギーではなく、不安や針を刺した時の痛みによる心因性のものであると言われています。
アミド型の局所麻酔薬でアレルギーを起こすのはまれであるとされていますが、アナフィラキシーショックが挙げられます。これは投与後数分から30分以内に起こり、重篤だと死亡します。不安感、嘔吐、皮膚の蒼白または紅斑、発汗、脈拍低下、血圧低下、気管支や全身のけいれんなどがみられます。アレルギー体質の人は以前に麻酔をして異常がなかったかどうかを調べ、必要に応じて皮膚反応試験を行ない、安全かどうかを確かめます。
血管収縮薬ではアレルギーとは異なりますが、一般に使用されているエピネフリン(エピレナミン)は血圧を上昇させたり脈拍を早くする働きもあるため、甲状腺機能亢進症、高血圧症、糖尿病など感受性の高い患者さんには原則禁忌(必要がある場合には慎重投与)か、あるいはエピネフリン以外の血管収縮薬が入った麻酔薬、ないしは血管収縮薬無添加の麻酔薬を用います。
保存安定薬のメチルパラベンによるアレルギーが以外に多いと言われています。これは化粧品に含まれている防腐剤と同じであるため、化粧品にアレルギーのある方は要注意です。保存安定薬の入っていない麻酔薬を用います。
針の太さはゲージ(G)で表されます。これは1インチ(25.4mm)の何分の1かを表しており、30Gは1/30インチ(0.85mm)の太さになります。Gが大きいほど細い針になります。細い針ほど痛みが少なくなるので、浸潤麻酔のときには30ゲージ前後のものがよく使われています。無痛治療を心がけている先生は31G(0.82mm)のものを好んでいます。ただし細すぎると針がふにゃってしまうため、より深く入れる必要がある伝達麻酔では27G(0.94mm)前後のものが使われています。
麻酔薬の添付書類には、過去に記載されていた最大量(最高基準量)が記載されなくなる傾向にあります。「年齢、麻酔領域、部位、組織、症状、体質により適宜増減する」という記載にとどめられてます。PL法後、最大量以下で問題が発生した場合の責任問題に関係があるのかもしれませんが実際のところは不明です。
この項目では、歯科麻酔学入門(学建書院)に記載されている麻酔薬(一般名)の最大量(mg)から、何mlかを換算しました。
浸潤麻酔において使用されるカートリッジは通常サイズで1.8ml入っています。
浸潤麻酔用のカートリッジ、30Gの針、キシロカイン1.8mlカートリッジ
名前 | 添加物 | 通常使用量 | 最大使用量 (1.8mlカートリッジ換算) |
キシロカイン注射液「2%」 エピレナミン(8万分の1)含有 (塩酸リドカイン) |
血管収縮薬 : エピネフリン 保存薬 : パラオキシ安息香酸メチル |
通常 : 0.3〜1.8ml 口腔外科領域 : 3〜5ml |
25ml (13.9本) |
キシロカイン注射液「2%」 (塩酸リドカイン) |
血管収縮薬 : なし 保存薬 : パラオキシ安息香酸メチル |
通常2〜10ml | 10ml (5.6本) |
キシロカインポリアンプ (塩酸リドカイン) |
血管収縮薬 : なし 保存薬 : なし |
通常2〜10ml | 10ml (5.6本) |
オーラ注 (塩酸リドカイン) |
血管収縮薬 : 酒石酸水素エピネフリン 保存薬 : なし |
通常 : 0.3〜1.8ml 口腔外科領域 : 3〜5ml |
25ml (13.9本) |
シタネスト (塩酸プロピトカイン) |
血管収縮薬 : 酒石酸水素エピネフリン 保存薬 : パラオキシ安息香酸メチル |
通常0.3〜1.8ml | 20ml (11.1本) |
シタネスト-オクタプレシン (塩酸プロピトカイン) |
血管収縮薬 : フェリプレシン 保存薬 : パラオキシ安息香酸メチル |
通常1.8ml | 20ml (11.1本) |
注1)
臨床では、最大量まで絶対的に使用できるということではありません。
注2) 塩酸リドカインは1ml中に20mg、エピネフリン添加の最大量は500mg、無添加の最大量は200mgから換算しました。
注3) 塩酸プロピトカインは1ml中に30mg、最大量は600mgから換算しました。
高血圧の分類、血圧の薬(降圧剤)の使用基準、局所麻酔薬の使用量を一覧にまとめます。
血圧 最高(収縮期)/ 最低(拡張期)mmHg |
高血圧の治療 | 局所麻酔薬の量 (エピネフリン添加 キシロカイン1.8ml カートリッジ) |
|
軽度 | 140〜159/ 90〜99mmgH |
まず生活習慣の改善を数ヵ月行い、それでも150〜160/95〜100mmHg以上の場合に降圧剤を飲み始める。 ただし、心臓や脳に合併症があったり、糖尿病がある場合には140/90mmHg以上であれば降圧剤を飲み始める。 |
|
中程度 | 160〜179/ 100〜109mmHg |
2本まで | |
重度 | 180/110mmHg以上 | 速やかに降圧剤を飲み始める。 | 1本まで ただし、治療は延期した方が無難。 |
麻酔薬そのものに含まれているエピネフリンよりも、不安や痛みによって体の中で産生されるエピネフリン(内因性カテコラミン)の方が、数百倍の量になります。これによって血圧が一気に上昇すると脳血管障害を引き起こす危険性があります。
したがって、安静時の血圧がこれ位だから、麻酔の量はこの位と、単純に数値化することは難しいと言えます。血圧がきちんとコントロールされている状態で歯科治療を行ない、さらに可能であれば、歯科治療時に血圧や脈拍をモニターで監視することが望ましいといえます。