あすみが丘の歴史 


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あすみが丘の歴史


マスコミによる「あすみが丘」の歴史


1995年07月28日、産業経済新聞社
【デフレの現場から】(4)チバリーヒルズ 住宅悪環境に出口なし
 東京駅から約一時間半。千葉市緑区にあるJR外房線土気駅前に広がる「あすみが
丘」。並木道を二十五分ほど歩くと、その一角に豪邸街「ワンハンドレッドヒルズ」
が出現する。東急不動産が開発した、あの「チバリーヒルズ」である。だが、空気が
妙に違う。閑静ではあるのだが、なぜか寂しいのだ。
 主のいない豪邸の前で門番が所在なさげに立っている。たまに見学者が訪れるのか、
「家の見学はお断りします」の看板が目立つ。売却の予定が立たずに、さら地には雑
草が生い茂っている。「買い替えを望んでいる人もいるが、取引は一件も成立しませ
ん」と東急リバブル住宅営業本部はいう。
 売り出されたのは、バブル期だった平成元年。一軒五億−十五億円もする超高級の
土地付き一戸建て住宅が四十九戸(土地が五百−一千坪、延べ床面積百三十−百五十
坪)。しかし、売れたのは二十五戸のみ。都心に遠過ぎること、そして、いかにバブ
ルとはいえ、あまりに価格が高過ぎたことが、その理由といわれる。最近までは「F
or Sale」の看板が立ち並んでいたが、売却のめどが立たないためか、今では
その看板も取り外された。
 さらに悲惨なのは、千葉市内の不動産業者が「価値ははっきりしないが、一億円で
も買う人がいるかどうか」というほど実勢価格が下落しているのに、価格を下げたく
ても下げられないのだという。「すでにご購入いただいたお客さまへの影響を考える
と…」と同社は言葉を濁す。つまり、資産価値を守るため、バブル期の販売価格を維
持せざるを得ない状況に置かれている。だから、また売れない。完全な悪循環だ。
 こんな現象は公団住宅にもみられる。東京ディズニーランドのそばに林立する高級
公団住宅「浦安マリナイースト21」では、主婦数人が空き家をふき掃除する姿が目
立つ。バブル崩壊後の平成五年度から五百十六戸が分譲されたが、それ以前に土地な
どを手当てしたため、中心価格帯が六千万円と高くなり六十戸以上が売れ残った。そ
の空き家の維持管理のため、公団が主婦を月に一度、臨時に雇い入れているのだとい
う。
 全国規模でみても住宅・都市整備公団は五、六年度に一万戸以上を分譲したが、二
年間で売れ残りは七百五戸。分譲倍率も、平成元年が八十二倍だったのが五年に一一
・六倍、七年六月末には四倍程度に落ち込んでいる。
 公団の入居率の低下に歯止めがかからない一方で、供給計画の大幅変更もできない。
今下期の計画では東京近郊の多摩ニュータウンの一角に二百戸を新たに分譲する。二
年前に建設をスタートしたものだが、景気情勢に関係なく住宅供給を続ける“計画経
済”の姿がある。それがまた、供給過剰をあおりマンション価格の下落を呼ぶ。
 まさに、底が見えない泥沼状態。これは個人の生活設計にも重くのしかかる。東京
都内の住宅販売会社に勤めるある男性(四七)は、平成二年に大阪で四千三百万円
(頭金九百万円)のマンションを購入し、東京への転勤を機に売却をしたものの、三
千三百万円でしか売れなかった。「百万円の売買仲介手数料を含めると一千百万円の
損」とガックリ肩を落とす。
 とどまることを知らない資産デフレの進行は、「売るに売れない」「価格下落の不
安から買うに買えない」という不動産市場の閉そく状況を生み出している。(大久保
俊彦)

1995年11月16日、毎日新聞社
[特集]役立つ住宅情報 ハウジング・ミニ情報 託児所事業に着手
 東急コミュニティー(本社・東京)は、チャイルド・ケア(託児所)事業に着手す
る。ベネッセコーポレーションに運営委託し、第1号のチャイルド・ケア・センター
「ラ・プティ・アカデミー あすみが丘」を、大規模団地「東急ニューシティあすみ
が丘」(千葉市)のショッピングセンター内に来年4月にオープンする。施設には、
ベネッセコーポレーションが提携している米国の「ラ・プティ・アカデミー社」(カ
ンザス州)の育児ノウハウを導入し、面積は130平方メートル。0歳から2歳まで
の乳幼児を主体に定員30人。午前7時半から午後8時まで。料金は月3万円台から
7万円台。一時預かりで1時間1000円程度。近く募集を開始する。問い合わせは、
電話03・5717・1007。


1995年12月12日、朝日新聞社
パチンコ店進出反対 「あすみが丘」住民、市議会などに陳情 
 「閑静な住宅地の真ん中にパチンコ店はいらない」と、千葉市緑区大椎町の東急不
動産が開発した新興住宅地「あすみが丘」の住民が、十一日、千葉市議会や千葉市な
どに約二万人の署名を添えて、パチンコ店建設反対の陳情を提出した。
 あすみが丘の自治会連合会の住民らによると、住宅地の一角にパチンコ店が進出す
る計画が十一月初め、明らかになり、業者の説明が行われた。進出予定地区は近隣商
業地域で、法律上パチンコ店の建設は禁じられてはいない。しかし住民らは「住宅を
買った時、東急不動産から『ショッピングセンターの建設予定地だ』と説明を受けた」
として、十一月末、「パチンコ店建設に反対する会」を結成し、東急不動産に対して、
説明を求める集会を開くなど反対運動を行っている

1995年12月22日、毎日新聞社
高級住宅街にパチンコ店 「寝耳に水」住民ら猛反対−−“チバリーヒルズ” 
 “チバリーヒルズ”として知られる高級住宅街にパチンコ店の出現――。千葉市緑
区の住宅地「あすみが丘」の分譲地区内で進むパチンコ店の建設に住民たちが「ノー」
の声を上げている。「静かな環境が気に入って来た土地なのに、パチンコ店なんて」
と不満顔。土地が売れずに残り、パチンコ店がやってきたというバブル後遺症の余波
だ。
 あすみが丘は一九八六年から開発が始まり、パチンコ店建設地の周辺は、東急不動
産(東京都渋谷区)が一九九一年に分譲を開始した高級住宅地。全体で現在約二千七
百世帯が住む。住民によると、当初は同建設地に「小規模ショッピングセンターがで
きる可能性がある」との説明を受けていたが、土地は売れずに放置されていた。
 ところが、十一月上旬、建設地の地権者から、「パチンコ店と飲食店を建設する」
との通知が住民自治会にあり、同月半ばには資材搬入が始まった。住民たちは「寝耳
に水」とびっくり。「パチンコ店は通学路沿いにあり、子供への影響が心配」「パチ
ンコ屋が出来ると知っていたら買わなかった」と反対の声が強く出てきた。
 住民へのアンケートでは約五百世帯のうち九八%が「反対」を表明。三つの自治会
はまとまって「反対する会」を組織、今月十一日、約二万人の反対署名とともに、建
設の凍結を求める陳情を市に行った。
 これに対し、地権者は、「固定資産税が高くなり、更地では置いておけなくなった。
不況のせいかテナントが見つからず途方にくれていたところ、パチンコ業者から打診
があった」と話す。住宅地の真ん中だけに抵抗を感じたが、「店の外観も周りの環境
に配慮したものになっている」と契約に踏み切った理由を説明する。
 住民の一人は「パチンコ店が出来ること自体よりも、事前説明が何もなかったこと
が問題」と反対するが、地権者は「パチンコ店だからといって悪いイメージを持って
拒絶せず、共存の道を考えてほしい」と訴える。
 建設を許可した市建築審査課は、「法的に問題はなく、建築手続きも適正なため、
基本的には当事者同士の問題」という姿勢だ。
 住民、東急、地権者、業者との話し合いは今のところ平行線をたどったまま。地権
者、東急不動産は「理解が得られるまで何度でも話し合いに応じる」としているが、
パチンコ店の建設はすでに進み、来年一月には開業予定。思わぬバブルの後遺症に住
民たちは「打つ手はないのか」と表情は厳しい。


1996年01月25日、 朝日新聞社
住民の陳情、継続審査 千葉・あすみが丘のパチンコ店建設計画
 千葉市議会都市下水常任委員会は二十四日、同市緑区の新興住宅地「あすみが丘」
のパチンコ店建設計画に反対している住民らが提出した陳情を審査した。
 土地区画整理法では、区画整理が当初の換地計画に違反する疑いがある時、市に検
査を求めることができる。このため、陳情は、パチンコ店建設予定地の土地所有者が
換地の結果、なぜ現在の土地を持つようになったのかなど、これまでの換地の経緯を
明らかにするよう市に求めている。
 検査には組合員の十分の一の署名を集めるなどの請求手続きが必要なため、市はこ
の日の委員会で「事業に違反はないと考えているが、今後、住民からの正式な検査請
求を待つ」と説明した。これを受けて、同委員会はこの陳情を今後の継続審査とし、
一部の委員が求めた現地調査の要求を退けた。

1996年04月21日、朝日新聞社
住み良い街を自らの手で 新興住宅地でただ今進行中 
 「きれいな街並みの中で、気持ちよく暮らす幸せに気づいた」と、佐倉市の新興住
宅地に住む会社員(三四)は言った。「郊外に家を構えた人たちの住環境への関心は、
ここ数年でずいぶん高まった」。自治体やディベロッパーの街づくり担当者もこんな
感触を抱く。「家を買う」から「環境を買う」へ。より良い街並みを求めて、そこで
暮らす人たちが力を合わせたケースを県内三カ所の新興住宅地に見た。(龍沢正之)
 ■みずきが丘
 透けるように赤いチューリップが風にそよぐ。パンジーやラベンダー、スミレ……。
競い合うように住宅を飾る花が街を彩る。東急不動産と大林組が佐倉市染井野で開発
した「みずきが丘」(計画戸数約二千三百)の風景だ。
 東急は一九九一年、家の形や高さなどを規制する建築協定(メモ)と、家の周りの
緑の確保を義務づける緑化協定の受け入れを条件に、住宅を売り出した。いくら「質
の高い住宅地」をうたい文句にしても、無原則な改築を許せば街並みが荒れるからだ。
 住民は入居の際、緑を維持するための基金に十万円を出資。これをもとに春と秋、
住民総出で街路の花壇に花の種をまくなどの活動を始めた。
 入居が本格化してから三年。ほとんどの家の門周辺は花であふれ、クリスマスには
電飾で彩られたツリーが並ぶ。別に取り決めがあるわけではない。ある主婦は「今、
うちは青系統の花でまとめています」と工夫する。「休みの日、だんな同士でも『今
度はどんな花を咲かせましょうか』と話題になります」と話す男性もいる。「花の街
に共感した」と新たに入居を決める人も少なくない。東急は「モデルルームで花に囲
まれた暮らし方の一例を示したが、こんなに発展するとは思わなかった」と驚く。
 ■あすみが丘
 明暗を分けたのは、同じ東急不動産が開発した千葉市緑区の「あすみが丘」(計画
戸数約四千二百)だ。昨年末、閑静な住宅街の一角にパチンコ店建設計画が持ち上が
り、住民が反対運動を起こしたが、結局、開店した。
 建築協定があれば食い止められたはずだ。「みずきが丘は土地を買い占められたの
で、当社だけで協定を結ぶことができた。あすみが丘の場合、地権者が大勢いたため
に区画整理事業となった。地権者全員の同意が必要な建築協定は難しい」と東急は説
明する。パチンコ店の話が持ち上がる前、住民の間に「建築協定を結ぼう」との動き
も出たが、反対者がいて実現しなかったという。
 パチンコ店の近くに住む主婦(三六)は「パチンコ店は立ったが、身の回りの環境
問題に関心を持つようになった。何かルール作りをしておく必要があることも知った」
と振り返る。
 ■みずほ台
 大網白里町の「みずほ台」(計画戸数約千七百)。建築協定がないことに危機感を
持った住民らが勉強会を重ね、二年がかりで街並みに関する自主基準を作り、今月十
五日から運用を始めた。内容は(1)専用戸建て住宅のみとし、事務所、商店などの
兼用住宅、共同住宅は建てない(2)新・増・改築の際は隣接戸に十分説明する(3)
建築物の高さは近隣に合わせ、傾斜屋根とする、など。
 当初は建築協定を結ぼうと、他の地域の協定書を集めたり、町から説明を受けたり
して原案を練った。しかし、将来の改築や土地を分筆する自由が奪われることを心配
する声が上がって断念。表現を「義務を定める」から「協力をお願いする」に弱め、
拘束力を緩めた。
 千葉大の北原理雄教授(都市計画)は「日本では住宅地の資産評価がいまだに混乱
している。資産価値が、欧米のように質の高い住宅地かどうかではなく、容積率など
で決まってしまうため『良い住宅地を作るために建築協定を結ぶ』とはならない」と
分析する。
 ■厚い壁
 みずほ台で基準作りにかかわった三宮昭太さん(三六)は「街をよくしようという
みんなの熱気に動かされた」と振り返る。
 とはいえ、建築協定を結ぶのに必要な「全員の同意」という壁は、熱意だけで打ち
破るにはあまりにも厚い。県建築指導課によれば、みずきが丘のように分譲前にディ
ベロッパーが単独で結ぶ「一人協定」がほとんどで、開発後に結んだケースは「聞い
たことがない」という。
 みずほ台の自主基準は、協定までたどり着けなかった末の窮余の一策とも言えるが、
北原教授は「みずほ台のように、自分たちの手で生活の質を高めようという動きが県
内ではまだ少ない。意義のある動きだ」と評価する。
 一方、建築協定を結んだ後も課題がないわけではない。罰則がないため、違反する
増改築や、微妙なケースへの対応が難しく、実効性に疑問もある。このため、みずき
が丘では行政が勧告できる地区計画(メモ)を作ろうという動きもある。
 「経済一流、街並み三流と言われる日本で、せっかくいい街が育ち始めているのだ
から、未来に残したい」。みずきが丘に住んで三年半になる会社員(三四)は力を込
めて言った。
 <建築協定> 住環境を守るため、建築などを法律以上に厳しく制限することがで
きる建築基準法で定められた制度。協定内容は自由だが、土地と建物の所有者全員の
同意が必要。制度ができたのは1950年だが、実際に活用され始めたのは、1人の
土地所有者でも結べるよう76年に法改正されてから。県建築指導課によると、県内
での協定は95年度末現在、246件あり、92年度以降は毎年十数件ずつ増えてい
る。
 <地区計画> 都市計画法に基づくもので、市町村が住民の要望を受けてその地区
の(1)地域施設の規模、配置(2)建築の形態、用途、敷地(3)その他の土地利
用――を制限できる計画。導入の際、必ずしも全員が同意する必要はなく、違反があ
った場合、市町村が行政勧告をすることもできる。県計画課によると、県内では89
年ごろから増え始め、現在は107地区にある。

1997年01月19日、朝日新聞社
上総凧と79歳、揚々 千葉の岩村さん、作り続けて70年余 
 長い糸目をつけながら、音を立てて大空に舞い上がる上総凧(かずさだこ)。千葉
市緑区あすみが丘七丁目の岩村三雄さん(七九)は、千葉県中央部の上総地方に古く
から伝わる独特の凧を作りつづけて、七十年以上になる。十九日に同市美浜区の「い
なげの浜」で開かれる「第二十二回新春市民凧上げ大会」でも、岩村さんは自作の上
総凧を揚げる予定だ。豪快な上総凧に魅せられた岩村さんは、「これまでに作った中
で、一〇〇%満足できる凧は一つもない。まだまだですよ」と意気盛んだ。
 上総凧は、もともとは男の子が生まれたときに、初めての端午の節句の前後に揚げ
ていた祝い凧。形状が着物のように見えることから、そで凧とも呼ばれる。
 岩村さんが現在作っている凧は、竹でできた骨組みの上に、紙状の化学繊維を張り
付けたもの。バランスを取るために凧からつながっている糸目は三、四十メートルに
もなり、凧の上部にはビニールが取り付けられていて、「ブーン」といううなりをあ
げながら揚がっていくのが特徴。五百メートル近く糸をつないで、高さが約二百メー
トルになることもあるという。
 凧の大きさはたてよこ一メートル程度のものから三メートル以上の巨大なものまで
様々だ。
 岩村さんが上総凧に出あったのは五歳のころ。兄が作る凧を見よう見まねで作った
のが最初だという。自作の凧が空高く揚がり、その糸を引く感覚に次第に取りつかれ
た。
 一九七六年に高校の事務長の職を退職した翌年には、趣味が高じて、仲間と一緒に
凧の保存会も設立。数年前からは地域のお祭りで、子どもたちに配る小さな上総凧を
毎年百個以上作って普及活動にも努めているという。
 十九日の凧上げ大会は、午前十時から午後三時ごろまで。岩村さんは「豪快に揚が
る上総凧を楽しんで欲しい」と話している。

1997年01月29日、朝日新聞社
もっと大きな店要求 扇屋ジャスコ出店計画であすみが丘商店会
 大型スーパーが出店計画を発表すると、地元商店街が「打撃を受ける」と反対。ス
ーパーは営業規模を縮小し、開店にこぎつける――。そんな業界の常識とは逆に、千
葉市緑区の新興住宅地・あすみが丘の地元商店会が、大手スーパー「扇屋ジャスコ」
(本社・千葉市美浜区、藤野武美社長)の出店計画について、「もっと大きな店にし
てほしい」と求めている。県大型店調整室は「こんなケースは聞いたことがない」と
驚いている。
 扇屋ジャスコが計画している店舗は、街の大通りに面し、一部二階建てで延べ面積
約二万四千平方メートル(うち扇屋ジャスコ二万五百平方メートル、その他はテナン
トなど)。店舗の性格は、低価格志向でやや小さい近隣型スーパーか一般的な総合ス
ーパーを検討している。
 これに対し、地元の土気地区商店会は住民と歩調を合わせていく方針。独自に意思
表明をする予定はないが、街の核となる大きな店を希望する姿勢を打ち出している。
 その理由について、近くの商店街・バーズモールの会長吉屋和芳さんは「営業規模
の縮小を求めて反対運動をして、住民にそっぽを向かれては困る」としたうえで、
「小型スーパーの出店では、既存の中小の小売店は競合してつぶれてしまう。逆にJ
R鎌取駅前の扇屋ジャスコ(店舗約二万一千平方メートル)に負けない規模の店をつ
くってもらえれば、外房地域から客を集めてくれる」と説明する。
 住民側の「あすみが丘街づくりの会」代表の斉藤信雄さんも「個人的には、既存の
店がつぶれて空き地が生まれ、街並みを乱す建物が立つのは困るので、大きな店がで
きて街が活性化した方がいい」と言う。
 あすみが丘にはすでに、小さなスーパー四軒が近接してあり、「同じようなスーパ
ーはいらない」との声もある。斉藤さんは「住民全体に意見を聞かなくてはならない
ので、今、アンケートの準備をしている」と話す。
 扇屋ジャスコは現在、あすみが丘の出店予定地から十キロ余りの圏内に、二つの大
規模なスーパーを持っている。「これまでの地元との交渉では、店舗面積が大幅に減
らされるのが一般的だった。あすみが丘の店は敷地面積の問題もあるので、規模を大
きくしてほしいと言われても……」と困惑気味だ。

1997年04月13日、毎日新聞社
[しおかぜ]「たまごっち」登場−−千葉・住み良い街づくりフェスティバル 
 高齢者や障害者が暮らしやすい地域社会を目指す「住み良い街づくりフェスティバ
ル」(千葉市など後援)が12日、同市緑区あすみが丘の「創造の杜」で始まった。
13日まで。
 交通安全や献血を呼びかけるパネル展、市消防局の応急処置指導、区内の福祉施設
によるバザーなど多彩な催し。車いすの女性がボーカルを担当するアマチュアバンド
の演奏には、さかんな拍手が送られた。
 会場ではフリーマーケットも開かれ、洋服やTシャツ、腕時計、小物類などがとこ
ろ狭しと並べられた。大流行の電子ペットゲーム「たまごっち」を売り出す業者も現
れ、子供たちの人気を集めたが、9800円と“高額”なためか、売れ行きはいまひ
とつのようだった。


1997年08月14日 、朝日新聞社
千葉興銀に強盗、47万円を奪って逃走 千葉・土気南支店 
 十三日午後二時三十五分ごろ、千葉市緑区あすみが丘三丁目の千葉興業銀行土気南
支店(丸山孝志支店長・行員二十二人)に、タオルで覆面をした男が押し入った。男
は現金四十七万円余りを奪い、軽トラックで逃走した。車は約三時間後に、銀行から
一キロ離れた同区大椎町の住宅街で乗り捨てられているのが見つかった。
 千葉南署の調べでは、男は銀行のキャッシュコーナー入り口から入り、ロビー係の
男性行員に短銃のようなものを突き付けた。そのままカウンターに近づき、金を要求。
窓口の女性行員(二五)に、カウンター下にあった四十七万五千円を、男が用意した
白いポリ袋に入れさせると、入り口前の路上に止めてあった軽トラックで逃げたとい
う。この間、四、五分で、ほとんど言葉は話さなかったという。事件当時、一階フロ
アには七人の行員と客が二人いたが、けが人はなかった。
 男は、身長約百七十センチで、五十歳前後。白いタオルをほうかぶりのようにして
顔を隠し、カーキ色の帽子をかぶり、黒縁の眼鏡をかけ、グレーの作業服姿だった。
軽トラックは同日午後一時ごろ、同支店から約十キロ離れた市原市内の路上に止めて
あった車で、盗難車だった。現場はJR土気駅前で、銀行前の市道は交通量が多い。

1997年09月24日 、朝日新聞社
駐車中の車に発砲 千葉の住宅地 /千葉
 二十二日午後四時ごろ、千葉市緑区あすみが丘五丁目、設計事務所経営土屋三郎さ
ん(六七)方の車が撃たれたと、千葉南署土気駅前交番に電話通報が入った。同署が
調べたところ、土屋さん方敷地内に駐車してあった乗用車の内部や周辺から短銃の弾
丸八個のほか、薬きょうが五個見つかった。
 調べによると、十八日午後九時四十分ごろと、二十一日午後八時半ごろに、近所の
人たちが短銃を発射するような音を聞いていたという。土屋さんは、仕事で暴力団関
係者とトラブルを抱えていたなどと話していることから、同署は事件との関連を調べ
ている。
 土屋さん方は夫婦の二人暮らしだが、約一週間前に妻が入院してからは、土屋さん
も自宅に寝泊まりしていなかったという。

1998年01月23日、朝日新聞社
板倉被告に懲役8年 千葉興銀支店など連続強盗に懲役判決
 昨年八月に千葉興銀土気南支店を襲って現金を奪うなどして、強盗致傷などの罪に
問われていた八街市大谷流の建設あっせん業板倉利明被告(五九)に対する判決公判
が二十二日、千葉地裁であった。北島佐一郎裁判長は「逃走用の車をあらかじめ盗む
など計画的で、白昼堂々と銀行に押し入るなど大胆な犯行で責任は重大だ」として懲
役八年(求刑懲役十年)の実刑判決を言い渡した。
 判決によると、板倉被告は昨年八月十三日、千葉市緑区あすみが丘三丁目の同支店
にエアガンを持って押し入り、本物の短銃のように見せかけて従業員を脅して現金四
十七万五千円を奪い、直前に市原市内で盗んでおいた軽四貨物自動車で逃走した。
 また、板倉被告は同年九月十六日にも、市原市五井の京葉銀行市原支店近くで同行
の男性行員の頭を鉄製のゴルフ練習用具で殴り現金約九万円の入ったかばんを奪おう
とした。

1999年11年04日、朝日新聞社
千葉で200万円強奪
 4日午後9時41分ごろ、千葉市緑区あすみが丘4丁目のスーパー・せんどうから
「何者かに押し入られ、現金200万円が奪われた」と110番通報があった。千葉
南署で強盗事件として調べているが、犯人は事務所に侵入し、中にいた複数のアルバ
イト店員らに、散弾銃のようなものを突き付けて「金を出せ」と脅したという。けが
人はなかった。

2000年01月23日、朝日新聞社
 バブルの時代、米国のビバリーヒルズを模した大豪邸の街並みが現れた。何度目か
の冬を迎えた今、邸宅の多くはあるじがいない。
    「チバリーヒルズ」
 落葉したアメリカカエデの街路樹がたたずむ。ゆるやかに曲がる舗道。英国風、南
欧風、米国の郊外にあるような豪邸が並ぶ。庭にはプールやテニスコート。
 ある邸宅に入った。床は一面、大理石だ。広い居間に暖炉。三つの寝室にはそれぞ
れバスルーム。照明や門扉の開閉など約百個あるスイッチはキッチンで集中管理して
いる。販売当時、7億円した。
 ビバリーヒルズをイメージした街、それが千葉市郊外にある「ワンハンドレッドヒ
ルズ」だ。「チバリーヒルズ」とも呼ばれている。ワンハンドレッドヒルズのある千
葉市緑区あすみが丘は、かって小高い丘だった。
 1960年台に都市計画が始まり、神奈川県の田園都市とよばれる一帯を手がけた
不動産会社が開発した。約310ヘクタールに所得に応じたマンションや戸建ての区
画を造るとの構想で、最高ランクに陣取ったのがワンハンドレッドヒルズだ。17ヘ
クタールに60戸。一戸あたり5億〜15億円。会社社長や石から五百件以上の応募
があった。建て始めた88年のキーワードは、「財テク」「億ション」・・・・・。
バブルの絶頂期だった。パンフレットはこう言う。
 <ここには、上質という名の贅をちりばめた邸宅が、新たな日常を綴り始める>
 99年暮れ、ある邸宅のオーナーだった老紳士(69)に会った。彼は振り返る。
戦後、精密な水道メーターを開発して事業を成功させた。70年ごろから、千葉県で
複数のゴルフ場、ホテルなどの設計を手がけた。80年代にあすみが丘に居を移した。
91年、自宅のそばにできたワンハンドレッドヒルズの一区画を求めた。二千四百平
方メートルの土地に五百三十平方メートルの地中海リゾート風の家。自らの会社のゲ
ストハウス兼役員の保養所として使った。年間の維持費一千万円。夏場の電気代は月
額三十万円を超えた。
 しかし、バブルがはじけ、ゴルフ場やホテルの計画は見直し・縮小を迫られた。
97年に売りに出した。十億円近い建設コストに対し、譲渡価格は三分の一程度だっ
た。「ハワイの真珠湾には、旧日本軍が撃沈した米海軍の戦艦が痛々しく残されてい
る。ここも『バブルの記念碑』として残したらどうか」いずれ景気が本格的に回復し
た時にそなえて。「今度はすべてが節度をわきまえるべきだ」との戒めのために−−。
 95年3月24日付けの朝日新聞はこう書いた。
 <現在約十世帯が住んでいるが、不況のあおりで残り二割の住宅着工がストップ。
売り出しのPRもしていない>
 邸宅はいま四十九戸。十一戸分は空き地のままだ。ローンが払えず金融機関に差し
押さえられた邸宅、競売にかけられた邸宅もある。いま所有者があるのは二十四戸。
入居中なのは数戸だ。多くは別荘や会社の保養施設だ。不動産会社は、凍結していた
販売を近く再開する予定だ。とはいえ、もし価格が下がっても、庶民には手は出ない。
 邸宅の所有者の一人の開業医は米国で暮らした経験から、こう話した。
「バブルの象徴というけれど、日本の経済レベルからいって、この程度の家はもっと
あって当然だ。まじめに働いた人が小さな家に住むのでさえ、一生ローンに追われる
なんて、やはりおかしい」                   (筒井 次郎)

2000年04月07日、朝日新聞社  
「ワンハンドレッドヒルズ」、大幅値下げし再販売  
 東急不動産(本社・東京都渋谷区)はこのほど、千葉市緑区あすみが丘六丁目の超
高級住宅地「ワンハンドレッドヒルズ」 写真 の豪邸の販売を再開した。豪邸はバ
ブル期に五億−十五億円で売り出されたが、バブル崩壊後、多くが売れ残り、今回、
このうち五戸について当時の価格の三割程度という大幅値下げに踏み切った。同社は
「現在の市場の適正価格とした」と説明、三戸で成約したという。
 米国のビバリーヒルズをイメージした街並みで、「チバリーヒルズ」とも呼ばれ
た。一九八九年に売り始めたが、バブル崩壊後、手放す所有者も出て、現在立ってい
る四十九戸のうち、所有者がいるのは二十四戸。入居中なのは数戸だ。
 今回売り出したのは、(1)昨秋あたりから問い合わせが増えた(2)下落傾向が
続いていた高額物件の価格が落ち着いてきた(3)高額物件への興味、需要が高まっ
ている――などの理由だ。
 価格は一億六千九百六十万円−二億六千四百九十万円。最高額の邸宅は、土地は二
千五百平方メートルで建物は四百五十八平方メートル。以前は約八億円だったとい
う。
 同社は、昨年末から上場企業のオーナーや医師、県内の高級住宅地の住民らにダイ
レクトメールを送るなどの宣伝活動をしている。
 同社の担当者は「売れ行きの感触を分析して今後の販売計画を立てる」と話してい
る。
 問い合わせは、東急不動産営業推進部(〇四三−二〇五−〇一五二)へ。

2000年04月14日、朝日新聞社
「郊外居住の復権目指す」 高級住宅街に法政大が開校
 千葉市緑区あすみが丘一丁目に、法政大学が五月から一般市民を対象としたサテラ
イト校を開く。場所を提供する東急不動産の砺波清一事業開発統括部長は「不況下で
都心回帰の傾向が見られる中、開校を期に『郊外居住の復権』を目指したい」と話し
た。
 同大学によると、開校時はガーデニングなど二講座で始まるが、今後は介護、福祉
など、修了後コミュニティービジネスにつながる講座を増やすという。
 JR土気駅南側に広がるあすみが丘地区(約三百十三ヘクタール)には、現在約六
千二百世帯、約一万九千人が住んでいる。地区内にある高級住宅街「ワンハンドレッ
ドヒルズ」(通称チバリーヒルズ)は売れ行きが伸びず、同社は今春から売れ残り物
件を、バブル期の約三割程度の価格に大幅値下げして販売を再開した。また同社は、
同地区東側約八十五ヘクタールの土地に、約二千二百世帯、約六千四百人のニュータ
ウン計画を、二〇〇七年度の完成目標で進めている。
 砺波部長は「同地区の住民からは『文化施設が少ない』などの意見がある。同大学
と連携、生涯学習の場を設け文化色をつけることにより、物件の売り上げ増に結びつ
けたい」と話した。

2000年11月1日、朝日新聞社 
交番の警官がけん銃自殺
 一日午前五時前、千葉市緑区あすみが丘の県警千葉南署土気駅前交番の一階事務室
で、交番勤務の巡査(二九)が頭から血を流して流し台にもたれかかっているのを、
巡査部長(三九)が見つけた。巡査は病院に運ばれたが、まもなく死亡した。
 同署によると、巡査は携帯していたけん銃(三八口径)でみけんを撃ち、自殺した
らしい。

2000年11月2日、朝日新聞社
「動機分からぬ」 また交番勤務の警官自殺
 千葉市緑区あすみが丘一丁目の千葉南署土気駅前交番で一日朝、交番勤務の巡査
(二九)が携帯していたけん銃(三八口径)で自殺した。千葉市内では、十月六日
朝、千葉北署花見川交番で、男性巡査長(当時三七)がやはり携帯していたけん銃で
自殺したばかり。相次ぐ交番でのけん銃による自殺に、周辺の住民は驚いている。
 千葉南署によると、一日朝、同署土気駅前交番で、自殺した巡査と一緒に勤務して
いた巡査部長(三九)が、仮眠を取ろうと二階に上がったところ、「バン」という音
がした。一階に下りたところ、巡査が血を流して倒れていた。当時、交番にいたのは
この二人だけだったという。遺書は見つかっていない。
 巡査は九月に県警第二機動隊から異動した。巡査部長が最後に声をかけたときも、
いつもと変わらない様子だった。同署は「一生懸命仕事に励んでいた。動機は分から
ない」としている。また、巡査から悩みを相談されることもなかったという。
 平井宣英副署長は「けん銃で自殺を図ったことは悲しいこと」との談話を出した。
 近所の男性(六三)は「交番にはだれもいないことが多かった。とても忙しそうで
した」と驚いていた。

2002年10月02日、朝日新聞社
4人組の強盗に襲われる
千葉市緑区ぁすみが丘3の市道で、30日午後11時半ごろ、同区内の会社員(54)から
「4人組の男に襲われた」と通報があった。千葉南署の調べでは、男らは男性の背後
から近づき「金わ出せ」と脅して、男性の肩や背中を金属バットのようなもので殴り、
2万円を奪って逃げたという。

2002年10月02日、千葉日報
千葉市の路上 会社員襲い「金出せ」4人組が連続強盗
 千葉市緑区あすみが丘三丁目の路上で、三十日午後十一時三十分ごろ、四人組
の男が、同区の会社員男性(54)に「金を出せ」と脅し、断られると金属バット
のようなもので肩などを殴ったうえで、男性が差し出した現金約二万円を奪い白っ
ぽい乗用車で逃走した。
 約五分後には約百メートル離れた同所の路上で、同区の会社員男性(37)が、
男四人組に「金を出せ」と脅された。男性が逃げようとしたところ、四人組は金属
バットのようなもので男性を殴り、左腕骨折の重傷を負わせた。四人組は現金など
を奪わずに逃走した。
 千葉南署は、犯行時間や現場が近いことなどから同一グループによる強盗致傷
事件とみて調べている。
 同署によると、四人組は年齢十八〜二十歳ぐらいで、二人は身長約一七〇センチ。
それぞれ帽子をかぶり赤と白色のトレーナー姿だった。別の一人は黒色の上着を着
ていた。

2003年11月07日、朝日新聞社
元従業員の被告、無期懲役が確定 トンカツ店員強盗殺人
 千葉市緑区で4月、トンカツ店店員早水純一さん(当時25)を殺害、奪った鍵
で侵入した同店から現金などを盗んだなどとして強盗殺人、死体遺棄、窃盗などの
罪に問われた同店元従業員太田恵一被告(28)(同区あすみが丘3丁目)に対し、
千葉地裁が無期懲役とした判決は、上訴期限の5日までに被告、千葉地検とも控訴
せず、確定した。

2004年05月13日、朝日新聞社
現金26万円入りバックひったくられる   
 12日午後2時50分ごろ、千葉市緑区あすみが丘1のJR土気駅近くの歩道で、
同区の無職女性(26)が、背後から接近したバイクの男にショルダーバッグをひ
ったくられた。千葉南署が、窃盗容疑で捜査している。調べでは、バッグには現金
26万円などが入っていたという。


2005年03月04日、朝日新聞
産廃処分場計画、住民が反対署名 千葉市長らに提出 
 千葉市緑区小山町の山林に産業廃棄物最終処分場を建設する計画が進んでいること
について、隣接する同区あすみが丘の住民が鶴岡啓一市長と森茂樹市議会議長に反対
署名約800人分を添えて意見書を提出した。  同市産業廃棄物指導課によると、
予定される処分場の広さは約2万2600平方メートル。金属くずやガラス、コンク
リートくず、廃プラスチック類など5品目を処理するもので、昨年11月に川崎市内
の産廃処理業者が設置許可を申請した。 市は今後、有識者らで構成される専門委員会
を開き、近隣の生活環境への影響を検討した上で、許可するかどうかを決めるという。

2005年04月28日、朝日新聞
産廃処分場反対署名、千葉市長に提出  
 千葉市緑区小山町に計画されている産業廃棄物の最終処分場をめぐり、予定地
から約400〜500メートル離れたあすみが丘地区の住民約7千人分の反対署名
が27日、事業を許可する立場にある千葉市の鶴岡啓一市長あてに提出された。
同地区の9自治会長の連名で、市地域振興課が受理した。 処分場は約2万2600
平方メートルで、山林に最深20メートルの穴を掘る計画。業者は市との事前協議
を終え、4月から建設を進めることにしていた。しかし市は、「そばのわき水や清
流の破壊につながる」と主張する住民の反対運動を受けて、建設を許可していない。

2005年04月30日、朝日新聞
2台にはねられ、会社員男性死亡 本埜、後続車は逃走 
  29日午前2時40分ごろ、本埜村竜腹寺の国道464号で、千葉市緑区
あすみが丘6丁目、会社員西川哲さん(35)が、野田市日の出町、会社員
榊原正さん(39)のトラックと、後続の女が運転する軽乗用車とみられる
車に次々とはねられ死亡した。印西署は死亡ひき逃げ事件として、女を業務
上過失致死などの容疑で行方を追っている。  調べでは、榊原さんが道路の
センターライン近くにいた西川さんをはね、転倒した西川さんを後続の女が
はねたという。女は榊原さんとともにいったん車を降りたが、西川さんを助
けることなく現場を立ち去った疑い。同署によると、女は年齢は20歳代前
半で、体格はやせ形だったという。

2005年07月07日、朝日新聞社
不審者警戒「約束しまーす」 千葉のあすみが丘小学校 
 千葉市緑区の市立あすみが丘小学校で6日、千葉南署などが不審者対策の着ぐる
み劇の上演やビデオ上映をした。
 着ぐるみ劇は不審者役のオオカミが、小学生役のウサギを無理やり車に乗せよう
として県警のマスコット「シーポック」に注意されるというストーリー。千葉明徳
高校の2年生5人が声の出演をし、児童らに「知らない人にはついていかないと約
束して」と呼びかけた。同署員が「約束を守れる人は?」と声をかけると、約500
人の児童が「はーい」と一斉に手を挙げた。
 

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