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◆ 市立藤井寺市民病院
 (ふじいでらしみんびょういん) 〒583-0012 藤井寺市道明寺2-7-3  TEL:072-939-7031(代表)   FAX:072-939-7068
 近畿日本鉄道南大阪線・道明寺
(どうみょうじ)駅より南西へ約300m徒歩約分   藤井寺市サイト「藤井寺市民病院」
 国道旧170号・道明寺交差点から東へ約370m  駐車場(41台)
 敷地面積:4,170.56㎡  延床面積:5,327.75(本館ほか3施設)    開設:1950(昭和25)年11月
 
① 藤井寺市民病院正面(北西より) ② 藤井寺市民病院(北東より)
① 藤井寺市民病院正面(北西より) 2011(平成23)年12月 ② 藤井寺市民病院(北東より)    2011(平成23)年12月
始まりは国民健康保険病院
 藤井寺市が誕生した1966(昭和41)年11月、市内にある総合病院は現在の藤井寺市民病院だけでした。藤井寺市は二つの町、旧藤井寺町と
旧道明寺町が合併してできた市です。病院は旧道明寺町が運営する病院でした。
 藤井寺市民病院の前身は、1950(昭和25)年にできた「道明寺村国民健康保険直営道明寺病院」です。町制施行前だった道明寺村は、昭和
24年4月1日に国民健康保険を実施しました。翌年にできたのが道明寺病院で、主として道明寺村国民健康保険被保険者の診療を目的とし
ましたが、その他一般にも利用させることができるとしていました。診療は入院・外来・往診の3種で、診療科は内科・外科・小児科・放
射線科、病床は
24床でした。藤井寺市史第二巻・通史編3近現代』によると、昭和26年度の「特別会計国民健康保険予算」に計上された
た人件費では、医師5名、薬剤師1名、看護婦5名、運転手1名となっています。
 病院開設の翌年、昭和26年に町制施行で道明寺町が誕生し、「道明寺町国保直営道明寺病
院」となりました。その後、藤井寺町と合併して藤井寺道明寺町、さらに改名・美陵町
(みささぎち
ょう)
となり、その間「藤井寺道明寺町国保道明寺病院」、「美陵町国保道明寺病院」と改称して
きました。
 1966(昭和41)年
11月1日に市制が施行され、「藤井寺市」が誕生しました。市制になってか
ら「藤井寺市国保道明寺病院」でしたが、1968(昭和43)年に国保施設から一般公立病院に変更
となり、「藤井寺市立道明寺病院」に改称されました。さらに、1987(昭和62)年には、「藤井
寺市立藤井寺市民病院」という現在の名称に変更されました。その間、何度も増改築を重ね、
市民の医療需要の要望に応える努力がなされてきました。
③ 発足当初の道明寺病院
③ 発足当初の道明寺病院(北東より)
     『藤井寺市史・第二巻 通史編3・近現代』より
 市民にはよく利用されていた市民病院ですが、建物や機器の老朽化耐震補強の必
要性、病棟や治療施設の手狭さなどから、一時は移転新築の計画が具体化しました。
しかし、市の財政事情などから、移転新築については疑問の声も少なくありませんで
した。長年市民が慣れてきた、駅から近いという条件も大きな要素でした。やがて市
長選挙の争点ともなり、結局移転新築は見送られて、従来の場所で耐震補強の改修、
新館増築、機器の更新・導入などを進めていくことに落ち着きました。
 総額
14億6千万円をかけた補強・改修工事が、 平成21年度から始まり、23(2011)
年3月に完了しました。すっかりきれいになった建物や新しい設備で治療が行われて
います。
 現在
診療科として内科・外科・整形外科・小児科・消化器外科・乳腺外科があり、
そのほかに放射線科、リハビリテーション科、検査科・栄養科・薬局・地域連携室な
どもあります。地域連携の活動として、在宅医療や介護連携支援なども行われていま
す。現在、一般病床
98床という規模で運営されています。
④ 美陵町時代の道明寺病院
④ 美陵町時代の道明寺病院(北東より)
                  1964(昭和39)年

役目を終える「藤井寺市民病院」
 建物を改修・補強し機器の更新・導入も進めてリニューアルされた市民病院でしたが、最近では医師不足等により診療機能が低下するな
どして、収支状況が急速に悪化してきました。2022(令和4)年度には外部有識者から成る「市立藤井寺市民病院あり方検討委員会」が設置
され、市民病院の今後についての総括的検討が行われました。その結果、民間活力の導入と他の医療機関への機能移転を行うべきであると
の意見に集約されました。2023(令和5)年9月5日に「市立藤井寺市民病院のあり方に関する基本方針」が策定され、市民に発表されまし
た。その中では、「市民病院は、令和6年3月末日をもって閉院(廃院)する」という前提が示されています。つまり、令和5年度いっぱい
で藤井寺市民病院は廃止されるということです。
 それまで総合病院が一つも無かった旧道明寺村・旧藤井寺町の地域に誕生したこの病院は、この地域の人々にとっては有り難い存在でし
た。藤井寺市のような人口規模で、市直営の病院が今日まで運営できていたことがむしろ不思議なぐらいです。現在では、市内や隣接の羽
曳野市内でいくつもの民間総合病院が運営されています。藤井寺市立の病院が役目を終える時期を迎えたということでしょう。73年半の
藤井寺市民病院の歴史が幕を閉じます。検討の経過や基本方針の内容については、下の基本方針全文を見てください。
令和5年9月5日 
市立藤井寺市民病院のあり方に関する基本方針
 市立藤井寺市民病院(以下「市民病院」という。)は、厚生労働省の地域医療構想に関するワーキンググループにおいて、
再検証要請対象医療機関の1つに挙げられたことを契機に、令和4年度には外部有識者から成る市立藤井寺市民病院あり方
検討委員会(以下「委員会」という。)が設置され、市民病院の今後について全方位的に可能性を模索する総括的検討を行っ
てきた。委員会では、施設の建替問題、公立病院としての役割、公設公営での経営の継続や独立行政法人、指定管理制度の
導入などの経営主体の変更、病院規模のダウンサイジング、専門病院化
、その他民間資源の活用など様々な検討を行ったが、
公立急性期病院として南河内医療圏の中でその役割を果たしていくには課題が多く、令和4年度には、民間活力の導入と他
の医療機関への機能移転を行うべきであるとの意見に集約された。
 一方、市民病院では、令和5年度に入り、医師不足等により診療機能が低下するなど、収支状況が急速に悪化している。
 このような状況の中で、委員会からは、地域医療構想を踏まえ、早期閉院(廃院)と民間活用による機能移転の方向性を示
した答申が令和5年6月になされた。このため、市においては、市民病院の今後のあり方について市民の理解を得るべく、
以下の基本方針を取りまとめ、地域医療の新たな体制の構築に努めるものである。
 
1.基本方針
 市民病院は、令和6年3月末日をもって閉院(廃院)することを前提に、引き続き地域住民の適切な医療が確保されるよう、
可能な限り他の医療機関へ協力を求めるなど、地域医療の後退とならぬよう努める。
2.利用者の引継ぎ等
 市民病院の利用者については、診療を引き継がれる医療機関等において適切な医療が受けられるよう、市民病院において
引継体制を拡充して業務に当たるなど、万全の対応を講じる。
3.機能移転
 病院機能の移転に当たっては、以下の各項目に従って実行するものとする。
  ① 小児科については、入院診療機能の確保に努める
  ② 災害医療センターについては、適切な医療機関への移転を行う
  ③ 訪問看護ステーションの移転については、その役割と経営手法を検証し、決定する。
 
4.連携病院の確保 
 周辺医療機関との医療に関する連携協定の締結など、閉院(廃院)後、通常診療のみならず、災害時、緊急時の医療・診療
体制の確保に万全を期す。
 
5.跡地利用
 閉院(廃院)後の跡地の利活用については、答申に示された内容を尊重し、本基本方針とは別に示すものとする。 
6.市民病院職員への対応 
 市民病院職員に対しては、十分な説明を行い、その後の職員の処遇についても適切に対応する。 
7.その他の重要事項 
 閉院(廃院)に関連し、重要な解決すべき個別事項(財務、雇用など)については、必要に応じ随時、別に示すものとする。 
藤井寺市サイト「市民病院あり方検討室>市立藤井寺市民病院のあり方に関する基本方針」より
「藤井寺市民病院」閉院が決定
 2023(令和5)年9月28日、藤井寺市民病院のサイトに「市立藤井寺市民病院の閉院について」という告知文が掲載されました。上記にある
ように、かねてより示されていた基本方針の通りですが、やはり寂しいものを感じざるを得ません。全文を紹介します。
 『 
市立藤井寺市民病院の閉院について
    令和5年9月
27日、藤井寺市議会において、藤井寺市病院事業の設置等に関する条例を廃止する条例が可決されましたので、
   令和6年3月
31日をもちまして市立藤井寺市民病院は閉院することになりました。
    当院は、長年、藤井寺市の地域医療の中核を担って参りましたが、医療を取り巻く状況が大きく変わり、病院運営の継続が難
   しい状況となりました。また、病院建物の老朽化も重なったため、藤井寺市として苦渋の決断ではありますが閉院が決定された
   次第です。
    閉院により、患者様には大変ご不便・ご迷惑をおかけしますが、近隣医療機関等と連携・調整し、今後も適切な医療が受けら
   れますように尽力して参ります。何卒ご理解の程よろしくお願いいたします。
           令和5年9月
28日              市立藤井寺市民病院    院 長  内 本 定 彦    』

 藤井寺市民病院サイトの「病院紹介-概要」にある「沿革」をもとに作成した年表を紹介しておきます。
年 ・ 月 で き ご と
 昭和24年 4月(1949年)  道明寺村が国府民健康保険を実施。
 昭和25年11月(1950年)  「道明寺村国民健康保険直営道明寺病院」として開設(内科,外科,小児科,放射線科 病床24床)。
 昭和26年 1月(1951年)  町政施行により「道明寺町国保直営道明寺病院」に名称変更。
 昭和34年 4月(1959年)  町村合併により「藤井寺道明寺町国保道明寺病院」に名称変更。
 昭和35年 1月(1960年)  町名変更により「美陵町国保道明寺病院」に名称変更。
 昭和41年11月(1966年)  市制施行により「藤井寺市国保道明寺病院」に名称変更。
 昭和43年 3月(1968年)  国保直診施設より一般公立病院に変更。「藤井寺市立道明寺病院」に名称変更。
 昭和44年 2月(1969年)  病院増築(RC 3階、1,273㎡)、現建物の中央部分。
 昭和49年 3月(1974年)  増改築により24床から34床に増床。
 昭和49年 9月(1974年)  増改築により62床に増床(RC 3階地下1階、1,829㎡)、現建物の西側部分。
 昭和52年 7月(1977年)  整形外科・消化器科を開設し、小児科を廃止。
 昭和56年 7月(1981年)  3階病棟開設、87床に増床。
 昭和58年 4月(1983年)  院内医療ガス設備整備(中央配管により酸素・吸引等の整備)
 昭和62年 4月(1987年)  増改築により108床に増床(RC 3階地下1階、1,316㎡)、現建物の東側部分。
 小児科開設、CT導入し、「藤井寺市立藤井寺市民病院」に名称変更
 平成 6年 3月(1994年)  防火用スプリンクラー整備。
 平成 8年 9月(1996年)  在宅医療(訪問診療・訪問看護・訪問服薬指導・訪問栄養指導等)を実施。
 平成11年 4月(1999年)  周辺診療所との連携を密にするため地域医療室を設置。
 平成14年 5月(2002年)  外来改装工事。
 平成14年12月(2002年)  CTの入れ替え。
 平成17年 9月(2005年)  市民公開講座を開始。
 平成22年 4月(2010年)  新館増築(RC 3階、890㎡)、現建物の南東部分。
 平成22年 7月(2010年)  麻酔科標榜。
 平成23年 1月(2011年)  耐震補強・リニューアル改修工事により108床から98床に変更。
 平成23年 3月(2011年)  既存棟の耐震補強・リニューアル改修工事完了。
 平成23年 5月(2011年)   MRI導入。
 平成24年 1月(2012年)   医療情報システム(電子カルテ)導入。 
 平成25年 9月(2013年)   CT更新。 
 平成26年12月(2014年)   3期棟(既存棟東側部分) 空調設備・消火設備改修工事完了。 
 令和 元年 9月(2019年)   医療情報システム(電子カルテ)更新。
 令和 2年11月(2020年)   発熱外来診療用のコンテナ診療施設の設置。 
 令和 3年 3月(2021年)   CT更新。 
 令和 4年    (2022年)   外部有識者から成る「市立藤井寺市民病院あり方検討委員会」を設置。 
 令和 5年 9月(2023年)   藤井寺市が「市立藤井寺市民病院のあり方に関する基本方針」を策定。 
 令和 5年 9月(2023年)   藤井寺市議会において、「藤井寺市病院事業の設置等に関する条例」を廃止する条例が可決。
 令和 6年 3月(2024年)   藤井寺市民病院は令和6年3月31日に閉院。 

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