中央大学行政研究会2001年度夏合宿レジュメ
2001年8月25日
報告者 古山雅之
日本におけるBMD配備に関する問題
【テーマ設定の理由】
将来国際政治学(特に日米関係、国際戦略論)を専攻する研究職につきたいと思っているため、現在、日本の安全保障政策上の最重要課題であるミサイル防衛構想に焦点を当てた。
【方針】
プレゼンテーションを進めるにあたっては以下の方針に従って行う。
・理想主義的な発想を一切廃し、徹底した現実主義的な思考に基づいて進める。
・時間的な制約もあるので、ミサイル防衛の理論的問題のみをあつかい、技術的問題には触れない。
1.
ミサイル防衛の歴史・種類
【ミサイル防衛の歴史】
1960年代 1980年代 1990年代 現在
ABM → SDI → TMD → NMD
*70年代は全般的にデタント(緊張緩和)の時期で、具体的なミサイル防衛はなかった。また、80年代のSDIは研究計画にとどまり、実際には配備されずにTMDへと移行した。
【ミサイル防衛の種類】
ABM( Anti
Ballistic Missile )=弾道弾迎撃ミサイル
標的に向かってくる弾道ミサイルを、大気圏に突入する直前もしくは直後のターミナルフェーズ(終局段階)に地上から発射するミサイルによって迎撃するシステム。1969〜72年のSALT-T(第一次戦略兵器制限交渉)におけるABM制限条約により配備が2ヵ所(後の交渉で1ヵ所)に制限される、また米ソ両国の技術的問題により存在意義を失う。このことにより米ソの核戦略は再びMAD
(Mutually Assured Destruction)=相互確証破壊理論へとシフトする。
SDI( Strategic Defense Initiative )=戦略防衛構想
1983年レーガン大統領によって打ち出された防衛計画。ブーストフェーズ(発射上昇段階)、ミッドコースフェーズ(中間段階)、ターミナルフェーズ(終局段階)の全ての飛翔経路において探知し、迎撃するシステム。レーザー、ビームなどによる迎撃体であることから「スターウォーズ計画」とも呼ばれた。冷戦終結後も研究は続けられたが、クリントン政権下の1993年5月アスピン国防長官により研究は打ち切られTMDに移行した。
TMD(
Theater Missile Defense )=戦域ミサイル防衛
冷戦終結後、アメリカが在外米軍および同盟国を第三世界やテロリストによる偶発的な弾道ミサイル発射からの防衛を目的としたシステム。わが国もアメリカとの共同開発計画を行っている。
NMD(
National Missile Defense )=国家ミサイル防衛
アメリカ本土(アラスカ、ハワイも含む)を北朝鮮・共産中国などのICBM(大陸間弾道弾)からの攻撃から防衛するためのシステム。クリントン政権下で提唱されていたが、今年1月のブッシュ政権発足にともない実用化・配備を目指しての外交交渉、技術開発が行われている。
BMD( Ballistic
Missile Defense )=弾道ミサイル防衛
わが国が開発・実用化を目指しているミサイル防衛のシステム。アメリカのTMDと区別するために名称を変更した。基本的な内容はTMDと変わらない。
2.BMDの必要性
【国際環境の変化による要因】
@ 冷戦後の世界秩序の変化 → 米ソの二極対立から多極化へ
A 民族対立・宗教対立の激化にともなう地域紛争の多発化
B 紛争地域への弾道ミサイル開発技術の浸透
C 紛争地域への大量破壊兵器(核・化学・生物兵器)の拡散
D BCにともなう偶発的弾道ミサイル発射の脅威
E
武装ゲリラ(北朝鮮工作員やイスラム原理主義勢力)による国際テロリズムによるミサイル攻撃の脅威
【周辺諸国のミサイル配備による要因】
冷戦後の国際環境の変化による要因に加えて、周辺諸国のミサイル配備・大量破壊兵器についても考える必要がある。
@
日本列島を射程圏内に含んでいる周辺諸国の存在
ロシア…ICBM・SLBM
中国…ICBM・SLBM・IRBM・MRBM
北朝鮮…MRBM
*ICBM(
Intercontinental Ballistic Missile )=大陸間弾道ミサイル
射程距離 5000km〜5500km
SLBM(Submarine
Launched Ballistic Missile )=潜水艦発射弾道ミサイル
射程距離に定義なし。潜水艦搭載のため「第二撃能力」としての有効。
IRBM(
Intermediate Range Ballistic Missile )=中距離弾道ミサイル
射程距離 500km〜5000km
MRBM(
Medium-Range Ballistic Missile )=準中距離弾道ミサイル
射程距離 500km〜2000km 中国・北朝鮮が配備している。
A
北朝鮮のミサイルによる脅威
(1)ノドン…射程距離が約1000〜1300km(日本列島をほぼ全域射程圏とすることが可能)で1993年日本海に向けての発射実験を行っている。
(2)テポドン…射程距離は1号が約1500km(日本列島全域を射程圏とするこ とが可能)、2号は約3500〜6000km(アメリカのアラスカを射程圏とすることが可能)である。1999年8月に東北地方上空を飛び越え、太平洋上に落下したのはテポドン1号と見られる。
(3)核開発疑惑…1993年2月にIAEA(国際原子力機関)の核査察を拒み、一方的にNPT(核拡散防止条約)からの脱退を宣言し、核兵器開発をにおわせたことがある。現在はNPT締約国であるが、北朝鮮が核兵器開発に再び乗り出す可能性は否定できない。
(4)兵器輸出国…北朝鮮は外貨獲得の輸入品目としてミサイルの輸出を行っており、第三世界へのミサイルの拡散を助長し、国際環境を著しく害している。北朝鮮がミサイルを輸出しているとされる国はイラン、イラク、リビア、エジプト、シリアと世界の紛争地域に売りさばいている。
【日本の防空システム】
1998年のテポドン発射時には海上自衛隊のイージス艦がレーダーでミサイルをとらえ追尾をしたが、撃墜する武器はなかった。現在、陸上自衛隊には地対空ミサイルが、海上自衛隊には艦対空ミサイルが、航空自衛隊には全国にレーダーを展開し、パトリオットミサイル、地対空ミサイルを有しているが、これらの防空システムは速度の遅いミサイルを対象として張り巡らされているため、弾道ミサイルのような高速度のミサイルには対処しきれない。
【有識者の意見】
日本のミサイル防衛について長島昭久氏(前アメリカ外交問題評議会上席研究員、現在は東京財団主任研究員・民主党安全保障アドバイザー)に意見を聞いた。
「(弾道ミサイル攻撃は)テポドンもそうだが、もっとも考えなくてはならないのはテロによるものである。多少のコストがかかっても日本はBMDを導入・配備しなくてはならない。また、長い目で見れば(ミサイル防衛は)コストのかからない防衛システムである」。
(6月5日長島国際問題研究所研究会、東京財団大会議室において開催)
以上のような状況から、日本は早急にBMDを開発・配備しなければ弾道ミサイル・大量破壊兵器の脅威というものにさらされることになる。
3.BMDの効果
【対テロリズム】
ミサイルによるテロは未然に防ぐことができる。日本は非常にテロに弱い国家であるが、BMD導入・配備によりミサイルによるテロはほとんど起こらなくなるであろう。
【対北朝鮮】
@ミサイルそのものへの効果
ノドン・テポドン両方のミサイル攻撃を未然に防ぐことができるばかりではなく、両ミサイルの開発・配備そのものを中止させることが可能となる
A戦略的効果
北朝鮮のミサイル開発・配備を中止させることにより、北朝鮮のミサイル輸出国であるイラン、イラク、リビア、エジプト、シリアなどへのミサイル供給も減速する。したがって、これらの国における偶発的弾道ミサイル発射の可能性が低くなる。アメリカがNMDを開発・配備した場合はいっそうの戦略的効果が現れる。
B内政的効果
北朝鮮のミサイル開発・配備の中止による海外へのミサイル供給が減少すると、北朝鮮の外貨獲得は困難となり、現在の金正日独裁体制が崩壊する可能性もある。
4.政策・憲法との関連
【開発・コスト】
防衛庁では現時点において開発に5〜6年を要し、その間のコストは約200億円〜300億円と見込んでいます。また、開発後の現在の日米共同技術研究にかかるコストは年間約33億〜60億円程度です。これは戦闘機1機分の約半分から3分の1程度の金額です。
【憲法】
@専守防衛
我が国は相手から武力攻撃を受けた時に初めて防衛力を行使する専守防衛を防衛政策の基本としている。ミサイル攻撃に対しては「日本がミサイル攻撃を受けた際の相手基地への攻撃は、認められている自衛権の範囲」(1952年政府統一見解)と規定され、「武力攻撃が発生した」と判断されるのは、「武力攻撃のおそれがあると推量される時期ではなく、武力攻撃による現実の侵害があったあとでもない。武力攻撃の始まったときである」(1970年内閣法制局長官の答弁)と規定される。この解釈のもとではミサイルの「武力攻撃開始時期がいつか?」ということを考えると、ミサイル防衛は難しいものであるといわざるをえない。
A集団的自衛権
ミサイル防衛の問題となると、とかく集団的自衛権の問題がとりざたされるが、ミサイル防衛は我が国の領土、国民の生命・財産を守るものであり、集団的自衛権の問題とは一切関係ない。
5.周辺諸国の反応
日本のミサイル防衛に関しては、核保有国であるロシア、共産中国が従来の核戦略(核抑止)構造の崩壊を訴え反対している。また北朝鮮は年々弾道ミサイルを増強し、弾道ミサイルにより外貨を獲得しているため反対している。
【いわゆる対抗的軍事力強化の問題について】
ミサイル防衛に反対する理由のひとつにロシア、共産中国、北朝鮮はいわゆる「対抗的軍事力の強化」ということを言っているが、ミサイル防衛はあくまで「防衛」的な性格が強いため、日本のミサイル脅威が強まるということはない。まして日本は攻撃用の弾道ミサイルは保有していないわけであるから、「対抗的軍事力の強化」という反論は論理的に成り立たないはずである。
【ABM制限条約との関連】
アメリカのNMD開発・配備の問題はSALT-Tにおいて締結したABM制限条約に反するという考え方がある。日本のミサイル防衛に対してもABM制限条約に違反するという声が聞かれるが、ABM制限条約はあくまで米ソ二国間の条約であり、日本には適用されない。したがって、ABM制限条約に違反するという論理は全く根拠のないものである。
6.結びにかえて
現在の日本の防空システム、近隣諸国のミサイル保有状況を考えるとBMDの開発・配備はきわめて急務であるということができる。日本の場合、とかく安全保障問題となると我々国民の意識は低く、忌避されがちである。しかしながら国防というものが一朝一夕にできる代物ではないということを考えれば、長期的・戦略的に考える必要がある。
ところで、ミサイル防衛についてリサーチをしている時に非常に日本独自の研究というものが希薄であるということに気づいた。以下に参考文献参考資料を列挙してあるが、民間レベルでミサイル防衛について高度な研究をしているのは岡崎研究所だけであるということを申し上げておきたい。アメリカは外交問題評議会をはじめ、戦略国際問題研究所(CSIS)、ブルッキングス研究所、ランド研究所、ヘリテージ財団などの民間シンクタンクが充実していることを考えると日本はまだまだ安全保障政策に対する意識が低いという印象が強い。
【参考文献・資料】
このレジュメを作成するにあたっては以下の文献・資料を参考にした。
『TMD 戦域弾道ミサイル防衛』(山下正光・他著、TBSブリタニカ刊)
『戦略的思考とは何か』(岡崎久彦著、中公新書刊)
『外交(下)』(ヘンリー・A・キッシンジャー著、岡崎久彦訳、日本経済新聞社刊)
『平成12年版 防衛白書』(防衛庁編、大蔵省印刷局)
『東アジア戦略概観2001』(防衛庁編、財務省印刷局)
『日米同盟に設計図はあるか』(長島昭久著 「論座」2001年8月号、朝日新聞社)
『The Missile Defense Debate』
(John Newhouse,” Foreign Affairs”
July/August2001 CFR)
岡崎研究所サイト
(http://www.glocomnet.or.jp/okazaki-inst/okazaki-jap.html)
防衛庁サイト(http://www.jda.go.jp)
防衛研究所サイト(http://www.nids.go.jp)
以上