04/03/05 隣の国で考えたこと 〜西大門刑務所編〜
ソウルの中心部から西へ行くと西大門と呼ばれる地区がある。ここには西大門独立公園という記念公園があり、日本統治からの独立を祝う凱旋門である独立門が建てられている。パリの凱旋門を模した物であるのだが、非常にこじんまりとした門である。3.1運動記念日や光復節(8月15日の独立記念日)の際には大規模なイベントが行われるという。
独立公園の奥に行くと西大門刑務所が建っている。この刑務所は日本の植民地統治時代の政治犯を収容する監獄であり、現在は日本の植民地統治を伝えるための歴史館となっている。当時の獄舎がそのまま歴史館として活用され、日本官憲による独立運動指導者への拷問や監獄内の生活、処刑の様子などを蝋人形や再現VTRを通じてうかがい知ることができる。
また、1910年の韓国併合条約や独立指導者の裁判に関する記事などの文書も展示されている。興味深かったのは韓国併合条約の文書であり、調印の際の印鑑が極端に斜めになっている。この資料のみから察すれば、韓国併合条約が半ば強制的に結ばれたものであるということをうかがい知ることができる。(一方で、当時の朝鮮半島では李容九などの設立した一進会が100万人の署名を集めて合併請願書を日韓両国政府に提出したという事実も忘れてはならない)。
獄舎自体はコンクリート造りであり、通気性は非常に悪い。夏は非常に暑く、冬は非常に寒いというのが事実であろう。監獄というものは古今東西を問わずそのような造りであることを考えれば取り立てて珍しくもないのだが、崇高なる独立指導者たちがこの地で闘い、苦難の末に独立を勝ち取ったということを国民にアピールする上でこの刑務所が果たしている役割は非常に大きいと言えよう。
ベネディクト・アンダーソンによれば、「国民」とは本来的には「想像された共同体」であるという。「国民意識」というアイデンティティは古来より築かれてきた文化や習俗のみならず、共通の国語、国旗、国歌、歴史によって形成され、その「国民意識」を基礎として「国家」が統合される。
韓国にとって、日本に文化や習俗、国語、国旗、国歌、神話を強制されたという歴史は多くの人にとって「傷」と認識されている。この「共有された傷」が戦後の韓国におけるネーション・ビルディング(国家建設)に大いに利用されたということは事実であろう。
しかしながら、日本が文化や習俗、国語、国旗、国歌、神話を強制したことも事実であり、それらは現在的な価値観に基づけば「罪」となることも否定できない。この事実を無視し、「罪」を認めないことは日韓両国にとって非常に不幸なことであり、両国の安定を阻害することとなる。
私の帰国後、韓国では「親日行為究明法」なる法律が国会で可決された。これは植民地統治下に独立運動の妨害や日本の植民地支配の協力といった「親日反民族行為」を調査・報告・公表するものである。戦後約60年、まだまだ本当の意味での日韓関係の改善には至っていない。