02/04/25 尾崎豊の死から10年
伝説的ロック歌手である尾崎豊が亡くなってから今日でちょうど10年になる。才子短命なのか、ジミー・ヘンドリックスがそうであったように偉大なミュージシャンは20代で夭折するという。尾崎豊も26歳で逝った。
私が尾崎豊の曲を初めて聴いたのは今から9年前の中学1年生の頃である。彼のファースト・アルバム『17歳の地図』を買い、『15の夜』を何度も何度も聴いた。以来、私は大の尾崎豊ファンになった。彼の曲には、世の中への不満、自己への疑問、失恋といった様々な思い出がある。今でも曲を聴いては、それらの思い出にひたることがある。
しかし、最近は尾崎の曲を聴くということがほとんどなくなった。中学・高校のときほど彼の曲を聴いても熱い気持ちにならないというのが正直なところだ。それは尾崎の歌がもともと理解できないものであるというのではなく、歳を重ねることにより自分自身が現実化・保守化しているためであろう。中学・高校のときの気持ちになるということがなくなっているのだ。それでも彼の歌が、同世代のみならず幅広い年齢層に聴きつがれているということは特筆すべきことであろう。
尾崎豊というとやはり『15の夜』、『17歳の地図』、『 I Love You 』、『スクランブリング・ロックンロール』、『卒業』が有名である。私もこれらの曲が大好きである。しかし、私が最も好きな曲は3rdアルバム『壊れた扉から』に収録されている『誰かのクラクション』である。たんたんとしたメロディーで、写実的に平凡な日常を歌っている。落ち着きはらった尾崎の歌声が非常に印象的であった。中学・高校の頃、失恋をしてはよくこの曲を聴いていた。この曲を聴くとなぜか気持ちが静まった。
もし尾崎豊が生きていれば、今年で36歳ということになる。一体彼は今どんな曲を作っていただろうか?はたして若者の声を代弁することができるであろうか?それとも、人生経験をそのまま歌にするという円熟味を見せていたのだろうか?結局これは「もし」という仮定の話であり、きっと答えの出ない問いかけである。
『17歳の地図』から『放熱への証』にいたるまで、それぞれのアルバムにそれぞれの思い出がある。この思い出を胸の中にしまっておくことも、実はものすごく大切なことなのであろう。