二十年後(After Twenty Years)



更新日1999年11月27日




本文テキスト(第1回〜第16回までで完了)

 パトロール中の警官が、堂々とした足どりで通りを歩いていた。その歩き方 はいつものことで、人を意識してのことではなかった。というのは、そこには 見ている人は誰もいなかったからだ。まだ夜の10時にもならないが、冷たい風 が、時折強く雨まじりに吹きつけているため、通りには人影はなかった。

 彼はパトロールを続けながら、家々の戸口を確かめていたが、警棒を手の込んだ複雑な動作でくるくる回し、時々振り返っては警戒の目を静まった通りに向けていた。がっしりした体つきと、やや威張った歩き方のこの警官こそ、平和の守護者そのものだった。

 この界隈は夜が早く、朝も早かった。時々、たばこ屋や、24時間営業のカウ ンター・レストランの明かりを目にすることもあったが、ほとんどは事務所だ ったので、もうとっくに閉められていた。
 ある街区の中ほどで、警察官が男に近づいた時、男はまくしたてた。

「ご心配なく、お巡りさん」と男は安心させるようにいった。「ちょっと知り 合いを待っているだけでね。20年前に交わした約束さ。少し変に聞こえるかい。 そうだな、嘘じゃないって確かめたいんなら、わけを話そうか。20年前には、 この店の場所にはレストランがあったんだ。”ビッグ・ジョーのレストラン” ってえ店だ」
「5年前まではあった」と警察官はいった。「それから取り壊されたんだ」

 戸口の男は、マッチをすって、葉巻に火をつけた。マッチの火は、青白い四角張った顎や、鋭い目つき、右の眉のあたりにある白い小さな傷跡を映し出した。ネクタイピンには、大きなダイアモンドが仰々しくはまっていた。

「二十年前の今夜」とその男はいった。「オレはこの‘ビッグ・ジョー’ブラ デーの店でジミー・ウェルズと食事をしたんだ。オレの一番の親友で、最高に いい奴さ。あいつとオレはこのニューヨークで育ったんだ。兄弟みたいになか よくな。オレが十八歳でジミーが二十歳だった。次の朝、オレは一旗あげるた めに、西部へ出発することにしていた。誰もジミーをニューヨークから引っ張 り出すことはできなかったろうな。なにしろあいつは、この世にはここ以外の 場所はないと思ってたんだ。それでその夜約束したのさ。どんな境遇になって いても、どんなに遠く離れていても、きっかり二十年後の同じ日の同じ時刻に、 ここでまた会おうって。こう考えたのさ。二十年も経っていたら、お互い行き つくところも決まっているだろうし、どんなもんにしても、財産だってこしら えているはずだってな。

「なかなか面白そうな話じゃないか」と警察官はいった。
「だが、私にはずいぶん間があいているように思うが、別れてからその友達か らは便りはあったのかね」
「ああ、あったとも。しばらくは手紙のやりとりをしたさ」その男はいった。 「だが、1、2年すると互いに消息が分からなくなっちまった。なにしろ、西部 ってとこは、やけにでかいころでね、それにオレはいつもあっちこっち忙しく 動き回っていたからな。だが、生きていさえすりゃ、ジミーはここに会いにく るに決まってる。あいつはいつだって、この世で誰よりも義理堅い、信頼のお けるやつだったからな。絶対に忘れやしないさ。今夜この戸口に立つために、 千マイルの道のりをやって来たが、それだけの価値はあるんだ。あいつが現れ てくれりゃな」

待っている男は、みごとな懐中時計を取り出した。その両面には小さなダイヤ モンドがいくつもはめ込んであった。
「あと3分で10時だ」男はいった。「10時きっかりだったのさ、レストランのこ のドアのところで別れたのは」
「西部じゃ、ずいぶん成功したんだろうな」警察官は聞いた。
「もちろんさ。ジミーがオレの半分でも成功してりゃいいんだが。あいつは、 いいやつなんだが、ちょっとのろまだからな。オレなんざ、切れ者中の切れ者 とわたりあって、やっとひと財産こさえたんだ。ニューヨークなんかにいると、 人間は鈍っちまう。剃刀の刃をあててもらって、切れ者になろうと思ったら、 西部に行くことだ。

警官は警棒をクルクル回し、一、二歩と歩き出した。
「行くことにしよう。その友人がちゃんと来るといいな。時間になったら 彼を待たないのかね」
「とんでもない!」男はいった。「少なくとも30分は待つさ。ジミーがこ の世に生きてりゃ、その時間までにはここに現れるさ。じゃあな、お巡り さん」
「おやすみ」警官はそういうと、家々の戸口を確かめながら巡回区域を去 っていった。

 今では、細かな冷たい霧雨が降り、時折吹いていた風も、強風となって絶 え間なく吹き荒れていた。この界隈を通る数少ない歩行者も、陰気に、口を つぐんだまま、コートの襟を立て、手をポケットに入れて足早に通り過ぎて 行った。 金物屋の店先では、千マイルの道のりをやって来た男が、若い頃の友人との、 当てにならない、ばかばかしいとも思える約束を果たそうと、葉巻をふかし ながら待っていた。

彼は20分ほど待った。そうして、長いオーバーコートを来た背の高い男が、 襟を耳もとまで立てて、通りの向こう側から足早にやってきた。その男は、 人を待っているこの男のところへ、まっすぐにやってきた。
「ボブ、お前か?」その男は疑わしそうに聞いた。 「ジミー・ウェルズ、お前か?」

「よかった、やっぱりそうか!」今来た男はそういうと、相手の両手をし っかりと握った。
「そうさ、ボブだ。運命と同じで、変えようがないくらい確かだ。お前が 生きていたら、きっとここで会えると思っていたよ。やれやれ、20年とい やあ長い年月だ。あのレストランもなくなったしな、ボブ。もしあったら、 またそこでいっしょに飯が食えるのにな。西部の方は、どんなぐあいだっ たんだ?」

「すごいもんさ。欲しいもんはみんな手に入れたぜ。ジミー、お前はずい ぶん変わったな。背格好だって、オレが思ってたより、2、3インチ高いん じゃないか」
「ああ、二十歳を過ぎてから少し伸びたんだ。」
「ニューヨークじゃ、うまくやってるのか、ジミー」
「まあまあだな。市の役所の一つで働いてるんだ。行こうぜ、ボブ。馴染 みのとこへ行って、ゆっくり昔話をしようぜ」

二人は通りを、腕を組んで歩き始めた。西部から来た男は、成功したために うぬぼれが強くなり、自慢話を始めた。相手は、コートで身体を覆いながら、 興味をもって耳を傾けた。街角にはドラッグストアーがあり、電灯の明かり がこうこうと輝いていた。このまばゆい光に照らされると、二人は同時に向 き合って、相手の顔をじっと見た。

西部から来た男は急に足を止め、腕を振りほどいた。
「お前はジミー・ウェルズじゃない」彼はきっぱりといった。
「二十年って年月は長いが、人の鼻を段鼻から獅子っ鼻に変えるほど長く はないはずだ」
「だが、善人を悪人に変えることはあるさ」背の高い男はいった。「お前 はもう十分も前から逮捕されているんだ。ドジな奴だぜ、ボブ。シカゴの 警察は、ひょっとしたらお前がこっちに来ているかもしれんと、電報をよ こしたんだ。お前さんと話がしたいってな。おとなしく行くだろう? そう した方がいい。ところで、署に行く前に、渡してくれって頼まれた手紙が あってな、この窓んとこで読んだらどうだ。パトロール巡査のウェルズか らだ」

西部から来た男は手渡された小さな紙切れを開いた。読み始めた時にはしっ かりしていた彼の手元も、読み終えた時にはわずかに震えていた。手紙はご く短いものだった。

ボブ、オレは約束の場所に時間通りに行った。お前がマッチを擦って葉巻に 火をつけた時、シカゴで手配中の男だと分かった。どうしても、オレは自分 の手では逮捕できなかった。だから、署に戻って、私服警官にこの仕事を頼 んだんだ。
ジミー (完了)




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