山形米沢の12ヶ月

9 月 きのこ狩り

 川上弘美の「センセイの鞄」の中に、センセイの奥さんがワライタケをむしゃ むしゃ食べて笑いが止まらなくなる場面がある。センセイの横で笑い続ける奥さ んはコミカルでリアリティがあった。

 キノコ狩りには興味がなかった。キノコなどスーパーに行けば気軽に手に入 る。中国産は安くてありがたい。などと思っていたのは、キノコやキノコ狩りの ことをよく知らなかったからだ。キノコといえば毒キノコ。そのイメージが強す ぎた。

 キノコ狩りにはまったのは川歩きをしていた時だ。ウェダーをはいて川を上っ て行く。渓流釣りと同じだが、釣竿は持たずに気ままに上っていく。山間の渓谷 をぬって流れる川の川床は、流れに削られた岩だ。一面の岩盤を流れる水流は、 緑の中にあって美しく、陽光を浴びたその姿には心が洗われる。

 途中、瀞とまではいわないが、流れの静かな深みがある。浅そうに見えても意 外と深く、胸までのウェダーでも濡れてしまう。そんな時は山に入って迂回す る。枝をつかんで斜面を上っていくと広い空間があり、大樹の根元にキノコが木 漏れ日に輝いていた。キノコとはこのように生えるのか。思いがけず出会ったそ の風景は美しかった。1本だけ採り、山のことなら何でも知っていると噂のロッ ジのオーナーに見せた。ナラタケだった。ナラタケはナラの木に生えるのかと図 鑑をめくると、広葉樹や針葉樹の切り株、倒木や埋もれ木に多数群がって生える とあった。このキノコで発見の喜びや収穫の楽しさを実感するとも。仰せの通り です。

 これですっかりキノコ狩りに魅せられた。川歩きをしながら、ううむキノコの 気配、などと適当に山に入る。木々を伝い、蔦の絡まった草をかき分けキノコを 探すこの喜びは、便利になりすぎた都会生活の中で失いがちな生存本能を呼び覚 ましてくれる。

 採ってきたキノコを料理して食べれば蘇った生存本能は一層研ぎ澄まされる。 安くありがたい中国産とは違う。自然の生命をそのままいただくのだ。水洗いは やめた方がいい。香りが損なわれ風味が落ちてしまう。濡れたふきんで拭き「セ ンセイの鞄」のように鍋にする。山形には芋煮という郷土料理がある。里芋とコ ンニャクなどを醤油味で煮る鍋料理で、河原での芋煮会は山形の秋の風物詩だ。 この芋煮に自分で採ったキノコを入れて食べるのは、最高のぜいたくだ。松茸な らいうことないのだが……。


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