クリスマス・キャロル(A Christmas Carol)


〜 クリスマスキャロルを終えて 〜

 前回は村岡花子訳の日本語として不自然だと思われる部分をおおくりし ましたが、今回は訳されていない「抜け」の部分と「付け加え」の部分を おおくりします。

 原文にあるのに訳されていない箇所は、今回ざっと数えただけで18箇所 ありました。このような「抜け」は、翻訳しているとどうしても起きるこ とですが、読み直しで訂正するべきミスです。半世紀以上出版され続けて いる古典の名作がこのように不完全でいいのか疑問です。「抜け」は単語 ではなく、一文まるまるという箇所もあります。一文まるまる抜けていて も意味は通じています。日本語を読むぶんには問題ないのでしょうが、き ちんと訳すべきではないかと思います。

以下無作為に選んだ5箇所の「抜け」を紹介します。原文(< >内が抜 けの部分)、村岡花子訳、( )内での私のコメント、本メルマガ訳 (< >内が抜けの部分)の順で紹介しています。




2000年02月06日第66回 〜 vol.17

原文:

"Nay, uncle, but you never came to see me before that happened. Why give it as a reason for not coming now?" "Good afternoon!" said Scrooge.

<「"I want nothing from you; I ask nothing of you; why cannot we be friends?" "Good afternoon!" said Scrooge.」>

"I am sorry, with all my heart, to find you so resolute. We have never had any quarrel, to which I have been a party. But I have made the trial in homage to Christmas humour to the last. So A Merry Christmas, uncle!"




村岡花子訳:

「いや、伯父さん、僕の結婚以前だって来て下すったことはないじゃありませんか。今更、そのために来られないってことはありますまいがね」 「さよならだよ」とスクルージは言った。

<「"I want nothing from you; I ask nothing of you; why cannot we be friends?" "Good afternoon!" said Scrooge.」>

「何でそんなに頑固にするんだか、僕はしんそこから悲しくなりますよ。 今までに一度だって喧嘩をしたわけじゃなし、僕はクリスマスを祝いた い一心でお招きしているんですよ、だから、最後までクリスマスの気分は なくしません。伯父さん、クリスマスおめでとう!」

("Good afternoon!" said Scrooge.がくり返されているので、訳者は後 の部分と最初の部分とを混同して、その間の原文を訳し抜かしたと思われ る。単純ミスだ)

(ちなみに、上記の村岡訳の「僕はクリスマスを祝いたい一心でお招きし ているんですよ」というのは原文にはない)




本メルマガ訳:

「でも、伯父さん、ぼくが結婚する前だって、来てくれたことはないでし ょう。どうして、今更、それを来られない理由にするんですか?」 「帰ってくれ」スクルージはいった。

<「伯父さんに何かしてくれなんて思っていません。お願いするつもりも ありません。なのに、どうして親しくつき合えないのですか?」 「帰ってくれ」スクルージはいった。>

「どうして、そんなに意固地なのか、本当に悲しくなりますよ。私と喧嘩 をしたわけじゃないでしょう。でも、ぼくは最後までクリスマスの気分は なくさないようにするつもりです。だから、伯父さん、メリークリスマス!」




2000年02月20日第70回 〜 vol.21

原文:

"it is more than usually desirable that we should make some slight provision for the Poor and Destitute, who suffer greatly at the present time. <Many thousands are in want of common necessaries>; hundreds of thousands are in want of common comforts, sir."




村岡花子訳:

「現在、非常に難渋している貧困者や身寄りのない者たちの生活を、我々 が幾分なりとも助けることは、平静よりも一層必要だと思います。

<Many thousands are in want of common necessaries>

何十万という人間が、何の慰安もない生活にあえいでいるのですよ、あな た」




本メルマガ訳:

「貧しい人たちや、困っている人たちに、ほんの少しでも何か手助けをす ることは、いつにもまして望ましいことだと思っています。現在のところ、 <何千もの人が日用品にも事欠いていますし>、何十万もの人が、ごく普 通の楽しみさえもてないでいるんです」




2000年02月27日第72回 〜 vol.23

原文:

`Since you ask me what I wish, gentlemen, that is my answer. <I don't make merry myself at Christmas and I can't afford to make idle people merry>. I help to support the establishments I have mentioned -- they cost enough; and those who are badly off must go there.'




村岡花子訳:

「いや、うっちゃっといて下さい。ほっといてもらいたいのが希望です、 <I don't make merry myself at Christmas and I can't afford to make idle people merry> 私は牢屋や貧窮院のために税金を出していま す - その税金だって相当なものになってますよ。暮せない奴らはそっち へ行けばいいんですよ」

(<抜け>以外の部分でも、訳が少し雑なのではないかと思う)




本メルマガ訳:

「何を希望するのか聞きたいのでしたら、いいですか、これが私の答えで す。<私にはクリスマスなど、ちっともめでたくありませんし、怠け者に めでたい思いをさせてやる余裕もありません。>さっきいった施設のため に、税金を出しています。それだって相当な額ですよ。生活できない連中 は、そこへ行けばいいでしょう」




2000年06月08日第96回 〜 vol.47

原文:

Scrooge glanced about him on the floor, in the expectation of finding himself surrounded by some fifty or sixty fathoms of iron cable: <but he could see nothing>.

`Jacob,' he said, imploringly.




村岡花子訳:

「スクルージは自分が五十尋も六十尋もある鉄の鎖で巻きつかれているの ではないかという気がして、自分の周囲の床の上を見まわした。 <but he could see nothing>.

「ジェイコブ」とスクルージは哀願した。




本メルマガ訳:

スクルージは、五十尋も六十尋もある鉄の鎖が、自分の身体に巻き付いて いるのではないかという気がして、辺りの床を見回した。<だが、何も見 えなかった。>

「ジェイコブ」スクルージは哀願するようにいった。




2000年12月11日第139回 〜 vol.90

原文:

It was made plain enough, by the dressing of the shops, that here too it was Christmas time again; <but it was evening, and the streets were lighted up>.




村岡花子訳:

店頭の飾りつけから見ても、再びクリスマスの季節だということは直ぐに わかった。<but it was evening, and the streets were lighted up>




本メルマガ訳:

商店の飾り付けからみて、ここもクリスマス・シーズンということが、一 目瞭然だった。<ただ、夕方で、通りには街灯が灯っていた。>




 「抜け」の部分があれば、原文にはない付け加えの文が随所にありまし た。理解しやすくするために訳者がつけ加えたのでしょうが、分かりやす くなっている所もあれば、逆に分かりにくくなっている所もあります。

以下訳文のつけ加えの部分を< >に入れました。




〜 vol.274

原文

' I know, my dears, that when we recollect how patient and how mild he was; although he was a little, little child; we shall not quarrel easily among ourselves, and forget poor Tiny Tim in doing it.'




村岡花子訳:

「それから、いいかい、あんな小さなティム坊でもあれほどの辛抱して、 苦しくなっても不自由でも小言をいわなかったんだからみんなもティム坊 のことをよく考えて仲よく暮すんだぞ。<ティム坊の一番嫌いなことは喧 嘩だったんだから>、家では喧嘩をする奴はティム坊を忘れたのと同じだ よ」




本メルマガ訳:

「あんなに小さな子供なのに、どんなに我慢強く、どんなにやさしかった か、それを思い出したら、いいかい、お互い喧嘩しようとは思わなくなる だろ。喧嘩するのは、ティムを忘れてるってことなんだから」




〜 vol.304

原文:His own heart laughed




村岡花子訳:

彼自身の心は<晴れやかに>笑っていた。






本メルマガ訳:

スクルージ自身も心の中で笑っていた




このようなつけ加えは随所にある。集英社文庫の中川敏訳はそうでもない が、村岡訳では多い。訳語を作品世界に合わせようとしたのであろうし、 ある程度は許されてもいいとは思うが、原文に全くない、まるで卜書きの ようなつけ加えもある。

以下に紹介します。

クリスマスに家にも帰れず一人寄宿舎に残っている少年時代のスクルージ を妹のファンが迎えに来た場面です。挿入部分は< >内。




2000年11月21日第135回 〜 vol.86

原文

' and are never to come back here; but first, we're to be together all the Christmas long, and have the merriest time in all the world.'

`You are quite a woman, little Fan.' exclaimed the boy.




村岡花子訳:

「だからもうここへは帰ってこないのよ。それでね、クリスマスの間じゅ うずっとみんな一緒にいて、世界中で一番楽しくするのよ」

<スクルージはきびしい学校の寄宿舎生活をしていたのだった。校長は自 宅からの迎えの妹といっしょにスクルージが帰ることを許した。そして大 きなかばんは馬車に積み込まれ、二人の子供たちはやさしくなった父のも とへ帰って行ったのだ。>

「お前はすっかり大人だね、ファレ」と少年は叫んだ。




本メルマガ訳

「ここへは、もう二度と戻ってこないのよ。でも、それより、クリスマス をずっといっしょに過ごせるのよ。どこよりも楽しいクリスマスを過ごす のよ」

「ファン、すっかり大人の女性になったんだね」




これほどの文を訳者が追加していいのだろうか。

ちなみに、原文ではスクルージの妹は Fan 。どうしてファレと訳された のかが分からない。




次回は村岡花子訳の誤訳と思われる部分についてお送りします。


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