クリスマス・キャロル(A Christmas Carol)


〜 クリスマスキャロルを終えて 〜

 チャールズ・ディケンズの「クリスマスキャロル」を初めて読んだのは中高校生の頃でした。新潮文庫、村岡花子訳。読みたいから読んだのではなく、 名作だから読まなければと読んだのですが、読み終えて、さすが名作(迷作?)、 ちっとも面白くない、分からないところがたくさんある、というのが正直 な感想でした。文学を読みこなす能力がないと、自分に失望しました。

 今回、この作品をじっくり読んで、どうして面白くなかったのか、なぜ分 からないところがたくさんあったのか、それらが分かったような気がしました。 これから何回かに分けて、クリスマスキャロルを配信している間に感じたことを 書いていこうと思います。

 今回の「クリスマスキャロル」の対訳にあたりましては、英文テキストは The Project Gutenberg Etext を利用させてもらいました。著作権切れの名作を ボランティアがテキストにしてネット上にアップロードしているサイトです。所々、不明な英文が何ケ所もありましたが、 その都度原文で確認しました。その他、日本語訳として、新潮文庫の村岡花子訳 と集英社文庫の中川敏訳を参考にさせてもらいました。

 ディケンズのこの作品は、多くの方々が訳されていますが、この二冊を参考にさ せてもらったのは、ブックオフで100円で気軽に手に入ったからです。気軽に手に 入るということは、「クリスマスキャロル」を読もうという人が、最初に手に取 るのがこの2作品のうちのいずれかで、日本人の読者が抱く「クリスマスキャロル」 という作品の印象は、この2作品に代表されるのではないかと思ったからです。

 ほとんどの人は、誰が訳したかなど気にしないのではないでしょうか。訳が悪 いから面白くないんだなどと思う人はあまりいないはずです。名作 が楽しめないのは、自分に文学の資質がないからだ、教養がないからだ、知性が 足りないからだと、ここまでは思わないにしても、大出版社の出版する本の内容 を云々しないで、自分の能力に問題があると思うのではないでしょうか。当時の 私がそうでした。

 今回原文とこの2作品とをじっくりつき合わせて、不自然な箇所が随所にあり、 名作がなぜ「迷作?」になるのか、その理由が理解できた気がします。バカの壁 と同じように、活字の壁というものもあるのではないかという気がしています。活字になって 一般に流通しているものは正しい、それが理解できないのは読む側に問題がある、 そういう思い込みが活字の壁を作っているのではないでしょうか。名作があまり 読まれないのは、活字の呪縛から逃れられないからで、活字の壁、これに起因し ているような気がします。

 他の人の訳を批判するのが目的ではありません。大出版社が長年 出版し続けている訳書がどの程度のものかを読者の方々に理解してもらえればと 思っています。高く高くそびえ立っている活字の壁を打ち壊し、名作が誰でも気 楽に読めるようにと願っています。




新潮文庫、村岡花子訳

 初版が 1952年11月5日のこの作品は、当然ながら用語が古臭い。neckerchief (ネッ カチーフ)は「手巾」、volunteer(ボランティア) は「義勇兵」、teaspoon は「茶さじ」と訳さ れています。

また、「クリスマスの歌を耳から饗応しようとした」

「彼の新生の決意 が実現されたのを見たものと思い」

など、分かりにくい表現があちこちにあります。漢字表記にしても「而も(しかも)」など、今ではほとんど使われていない表現が 多用されています。幽霊にしても、自分をいう時、「私」といったり、「わし」といったりし て一貫性がありません。

 これら以外でも、

「忽ちのうちに」とか

「スクルージは思い入った調子で言 った」

「あなたの選んだ生活がどうぞおしあわせであるように」

「このような鵞 鳥の料理されたのがこれまであったとは」

「生酔いの女(the half-drunken wom an - ほろ酔いのこと)」

など、日本語としてぎこちない表現が随所にあって、 とにかく読みづらい。

 以下、「村岡花子訳」と「原文」と「本メルマガの訳」とを並べて書きますので比べてみて ください。私のコメントは( )に入れました。日付は当メルマガの配信日です。




1999年12月22日 〜 vol.6

村岡花子訳:

ああ、しかし、彼はひきうすを掴んだらはなさないような没義道な男であった。

(作者ディケンズが、スクルージがいかにケチかを言おうとしている場面だ。 「ひきうすを掴んだらはなさない」ことが、どうして没義道-もぎどう-人の道に はずれること-になるのか)




Oh! But he was a tight-fisted hand at the grindstone




本メルマガ訳: ああ、しかし彼は、石うすでも自分のものにしようとするほどの守銭奴だった。 (ちょっと訳しすぎかもしれない)




1999年12月29日 〜 vol.9

村岡訳:

霜枯れた、寒い、噛みつくような寒さの日であった。

(原文が biting になっているので「噛みつくような寒さ」となったのだろうが、 寒さの程度を表現する日本語にこのような表現はないのではないか)




It was cold, bleak, biting weather




本メルマガ訳:

寒く、わびしい、身を切るような日だった。




2000年01月16日 〜 vol.12

村岡訳:

吐く息は白い煙を立てていた。

(smoked をそのまま煙を立てていたと訳したのだろうが、吐く息が煙を立てるの はおかしい)




and his breath smoked again




本メルマガ訳:

はあはあと白い息を吐いていた






2000年02月13日〜 vol.19

村岡訳:

このきちがい書記はスクルージの甥を送り出すと、入れちがいに二人の客を招じ 入れた。

(きちがい書記とは物語に何度も出てくる善良なボブ・クラチットのこと。今で は差別用語として使われない。作中では善良な人間の代表人物として描かれてい る彼をきちがいと表現するのはよくないと思う)




This lunatic, in letting Scrooge's nephew out, had let two other people in.




本メルマガ訳:

スクルージがアホと決めつけたこの事務員は、スクルージの甥を送り出すと、二 人の客を迎えた。




2000年05月15日〜 vol.40

村岡訳:

「いやに几帳面だね、化物のくせに」影ほどの相違にといおうとしたのだが

(「影ほどの相違に」が分かりづらい。shade を「化け物」と「影」と訳し分け ているが、それが分かりづらくしている。「影」が何を意味しているのか戸惑う。 for と to の訳出もあいまいだ)




`You're particular, for a shade.' He was going to say `to a shade,




本メルマガ訳:

「幽霊にしては、細かいんだな」スクルージは「幽霊らしく」といおうとしたのだが




2000年08月02日 〜 vol.59

村岡訳:

急速な小さな鼓動は十二を打って、とまった。

(「急速な小さな鼓動」という表現はぎこちない。直訳しているからだ。読んで いて意味として伝わってこない。鼓動とは心臓の響きで、時計が時間を知らせる 描写としては日本語としておかしい)




Its rapid little pulse beat twelve: and stopped.




本メルマガ訳:

スクルージの時計は、小さな音ですばやく12を打って、止まった。




2000年09月18日〜 vol.70

村岡訳:

「私は人間の悲しさに、しくじりばかり致します」と訴えた。
「私の手が、そこに、さわっていさえすればいいのだ。まだまだ、どこまでもお 前の力になってやる」と言って幽霊は、手をスクルージの心臓のあたりへ当てて 言った。

(クリスマスの過去の幽霊が、嫌がるスクルージを寝床から連れ出す場面だ。

「人間の悲しさに、しくじりばかり致します」とはどういうことか。場面に合っ た訳でないため意味不明になっている。

問題は mortal と fall の訳出。村岡訳 では fall を「しくじる」と捉えているが、前後から判断して、これは素直に 「落ちる」と考えた方がいい。自分は人間だから、幽霊のように飛べるはずがな いので落ちてしまうということではないか。

さらにいえば、mortal には人間の悲 しさという意味はない。また、「言って」が2回も出てくるので、読みづらい。こ のような文章は、読んでいる者が気づかなくても、なんか読みづらいなと感じる ものだ。

どうして「幽霊は、手をスクルージの心臓のあたりへ当てて言った。」 としないのだろうか)

(ディケンズは be upheld に物理的に落ちないように支えることと精神的に支 えることの両方の意味を持たせたのではないか。というより、幽霊の役割はもと もと精神的に支えることだったのではないか。深読みだろうか?)




`I am mortal,' Scrooge remonstrated, `and liable to fall.' `Bear but a touch of my hand there,' said the Spirit, laying it upon his heart,' and you shall be upheld in more than this




本メルマガ訳:

「私は人間です」スクルージは訴えた。
「落ちてしまいます」
「ここにあるわたしの手の感触だけを感じていなさい」幽霊は手をスクル ージの胸に当てながら「そうすれば、これからは落ちることはないだろう」 といった。




2001年01月00日 〜 vol.98

村岡訳:

進んだり後退りしたり、両手を取り合ったり、頭を下げたり、お辞儀をしたり、 螺旋状に進んだり、針糸通しをしたり、それから再び元の場所に戻ったりして

(クリスマスパーティでの踊りを描写している部分。thread-the-needle を「糸 通し」と直訳しているため、どんな動作なのかピンとこない)




advance and retire, both hands to your partner, bow and curtsey, corkscrew, thread-the-needle, and back again to your place




本メルマガ訳:

前に進み、後ろにさがり、両手を取り合い、おじぎをし合い、螺旋状に回り、つ ないだ手の下をくぐり抜け、元の場所に戻った




2001年02月11日 〜 vol.104

村岡訳:

「私のほかに偶像ができたというだけなんですもの」

(青年時代のスクルージの恋人ベルがスクルージにいうセリフ。idol をそのまま 偶像と直訳しているので奇異な印象を受ける)




Another idol has displaced me




本メルマガ訳:

他に大切な人ができ、私の代わりをしているんですもの




〜 vol.155

村岡訳:

ピーターと、どこにでも顔をつき出す二人の小クラシットは鵞鳥を迎えに出てい ったが

(注文していたクリスマス用の鵞鳥を受け取りに行く場面。「鵞鳥を迎えに出て」 はおかしい)




Master Peter, and the two ubiquitous young Cratchits went to fetch the goose




本メルマガ訳:

ピーターと、どこにでも顔を出すクラチット家の二人のおちびさんはガチョウを 取りに行き




〜 vol.161

村岡訳:

プデングは蒸釜からとり出された。洗濯屋のような匂いがした。

(「洗濯屋のような匂い」とは、意味として分からないでもないが、表現として はおかしい)




The pudding was out of the copper. A smell like a washing-day.




本メルマガ訳:

プディングが鍋から取り出された。洗濯をした日の匂いがした。




2002年02月11日〜 vol.183

村岡訳:

その土台のところには海草が大きな束になってからみつき、海鳥は - 海草が水か ら生まれるように、海鳥は、風から生まれると言ってもいいかもしれない - 彼ら がかすめ飛ぶ波が起伏するように、彼等も灯台のまわりから飛びたったり、舞い おりたりしていた。

(読みづらい。「海鳥は、風から生まれると言ってもいいかもしれない」が意味 として理解できない。海鳥は風の一部のように飛んでいたからこのような表現に なったわけで、そこらあたりの訳出が欲しい。また、海草は「水」には生えない ので「水」からは生まれない)




Great heaps of sea-weed clung to its base, and storm-birds -- born of the wind one might suppose, as sea-weed of the water -- rose and fell about it, like the waves they skimmed.




本メルマガ訳: その土台にはたくさんの海草がからみついていた。ウミツバメは、海草が海から 生まれるように、風から生まれたのではないかと思わせた。灯台の周りを舞い上 がったり舞い降りたりして、かすめ飛んでいる波と見まがうほどだった。




2002年04月08日 〜 vol.191

村岡訳:

顎のあたりにはあらゆる種類のかわいい小さなえくぼがあり、笑うとつぎつぎに 消えて行くのだった

(「あらゆる種類のかわいい小さなえくぼ」が顎にあるのは変だ。えくぼは笑う とできるものなので、えくぼが笑うとつぎつぎに消えるのもおかしい。 dot を 「えくぼ」と訳されているが、私は顎のまわりにえくぼがあるのはおかしいと思 って「点々」とした。ただ、「点々」もおかしいと思っている。実際何を示して いるのか分からない。そばかすのことだろうか?)




all kinds of good little dots about her chin, that melted into one another when she laughed




本メルマガ訳:

あごのまわりには、愛らしいさまざまな点々があり、笑うとそれぞれが寄り合っ た。




2003年03月23日 〜 vol.239

村岡訳:

探りの眼を入れるのも不気味なような秘密が、培われ、かくされていた。

(日本語としてぎこちない。「探りの眼を入れる」といういい方が特にぎこちな い。また、不気味という言葉は原文にない。村岡訳ではこの種のつけ加えが随所 にあり、読みづらくなっている)




Secrets that few would like to scrutinise were bred and hidden in




本メルマガ訳:

誰も詮索したくないような秘密が秘められ、隠されていた




2003年07月27日〜 vol.257

村岡訳:

だが、愛され尊敬され名誉をさずけられた頭に対しては、お前の恐ろしい目的の ために髪の毛一本さえさわることはならないし、

( head を「頭」と直訳しているので分かりにくくなっている。「頭」を愛し、 尊敬し、名誉はさずけるのはおかしい)




But of the loved, revered, and honoured head, thou canst not turn one hair to thy dread purposes




本メルマガ訳:

だが、敬愛され、誉れ高き者に対しては、髪の毛一本も汝の思いのままにはならないだろう




〜 vol.305

村岡訳:

生きている人間でクリスマスの祝い方を知っている者があるとすれば、彼こそそ の人だといつも言われていた。

(「生きている人間で」という日本語はおかしい)




it was always said of him, that he knew how to keep Christmas well, if any man alive possessed the knowledge.




本メルマガ訳:

世の中でクリスマスの祝い方を知っている人がいるとするなら、どう祝うかを知 っているのは、スクルージだといつもいわれていた。




 ちょっと拾い読みをしただけでこれだけの量になりました。拾い読みをした箇所はまだまだあるのですが、これくらいにしておきました。

 次回は村岡花子訳の中で、原文を訳していない「抜け」の部分、原文にない 「つけ加え」の部分などをお送りします。


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