読後感想





おかげさまで「二十年後」を読了いたしました。みなさまからお寄せいただいた感想メールをここに紹介させていただきました。読者交流の場になればと願っています。




更新日1999年11月27日




● あとがき ●

 日本の中学生・高校生の将来なりたい職業の一位が公務員らしい。私がこ の頃の年齢の時は、公務員というと墓石のような存在だったが、今は公務員 になりたいという中学生・高校生の気持ちがよく分かる。彼らは何十年もか かってようやく到達した私の域にすでに達しているのだからりっぱだ。
 失恋をした経験は誰にでもあるだろうが、面と向かって恋を打ち明けて拒 否されると、その時は立ち直れないほどの痛手でも、回復は意外と早く、後 々尾を引かない。誰かを通じて打ち明けて拒否されると、その時は大したこ とはなくても、痛手は後からじわじわとやってくる。自分が直接経験したこ とは、経験したインパクト以上の衝撃はないが、人づての場合は妄想という 味付けが加わり、時にそれがハエのように自分の頭にまといつく。こうなる と間接的な経験は、直接的な経験よりもずっと酷い。
 「二十年後」は前回の「とりもどされた改心」とは正反対の物語という気 がする。ボブは富を求めて新しい世界に飛び立ち、罪を犯したとはいえ、そ れを手にする。ただ、ボブにとって富よりも、二十年前の親友との約束の方 がはるかに大切だったのではあるまいか。ボブは、友人に出世した自分を見 てもらいたい、自慢したい、温かい人間社会の友情に触れたいという、誰も が普通にもっている感情を持っていた。二十年前の約束を忘れず、逮捕され るという、少し考えればわかりそうな身の危険をものともせずに、Silly's Bob となってはるばるやって来たのは、富よりも大切なものがあったからだ。 ボブはアメリカ人の誰もが求めてやまない、こことは違うどこか、イメージ の中の楽園を求めていただけで、現実の向こうにある世界をいつも夢みてい るロマンチストに過ぎなかったのではないか。ただ、現実にそれを求めたた めに、哀れなロマンチストになってしまったような気がする。ジミーが国家 権力の代表である警察官になっていようとは、思いもつかなかったのだろう が、いつも夢を追い求め続けているロマンチストだからこそ、かつての親友 が墓石になっていたとは思えなかったのだろう。
 現実社会では、ジミーのような、自分の世界から頑として動こうとしない 人間の方が有利だ。この現実という世界では、ロマンチストは生き辛い。楽 をしたいなら墓石になることだ。どうせ死ぬのだから生きる手間がはぶけて いい。
 警察官ジミーが、親友だった犯罪者ボブに示す友情は、自分で逮捕せずに 仲間の警察官に逮捕させるということだが、中途半端な親切心はかえって相 手を傷つける。私にはそれは友情ではなく、巧妙な処世術に思えてしまう。 間接的な経験は、直接的な経験よりもずっと酷い。犯した罪はきちんと償わ なければならないとは思うが、ボブはこの後、どのようにして残された日々 を送るのか、余計なことだが案じてしまった。
 O.ヘンリーは、二十年という年月の流れを利用して人生の現実をあぶり出 したのだろうが、日常生活からは見えないために見失いがちな「とりもどさ れた改心」のような世界があることも心にとめておきたいと思う。たとえそ れが頭の中にしかない物語でも。





After 20 years、ご苦労様でした。この物語は昔読んだことがありましたが、 「あとがき」を読んで、小さな紙切れを読んだ後の Bob の心情を思わずに はいられませんでした。
「英米文学あれこれ」、楽しく読ませていただいています。
Gone with the wind、一回限りとは少し残念です . . .




「20年後」最後の場面がとても印象的です。後書きに指摘されていたように、あそ こでジミーは自分で逮捕すべきだったでしょう。ジミーの手紙を読み終えたときのボ ブの手がかすかに震えていたと言うのはボブの親友に裏切られたことへの怒りを表し ているのだと思いました。ジミーがボブと20年ぶりの再会を祝って抱き合った後で その場で手錠をかけられたほうがどんなに救われたかわかりません。それにしても作 者は、人生の機微・人情の機微に精通していて驚嘆しました。
それにしても毎号読むたびに,少しずつ英文を読むのが楽になってきていることには 驚きます。ありがとうございました。今後ともよろしく。




"After 20 Years"とっても楽しかったです。
はなださんのメルマガを購読させていただく前は、昔の文学というのはどうも大 学時代の購読のようで読もうという気持ちにならなかったのですが、やっぱり名 作はいいものですね。
毎回楽しみにしていますので、お忙しいでしょうが今後も長く発行を続けて下さ い。




はじめまして
少し前から「英米文学」と「英文ジャーナル」を講読しています。
さて、先に、(おそらくかなりのメールがきていると思いますが)、 「英米文学49回」のまぐまぐから配信メールは、白紙でした。 一文字もないメール。面食らってしまいました。 あぶりだしかな?
O.ヘンリーのAfter Twenty Yearsは、ちょうど毎日ウィークリーでも連載していまし た。
メルマガの方では途中から読み始めましたが、「英米文学あれこれ」のコラムを楽し く読ませていただきました。
最後のあとがきも、興味深いご意見でした。
(「英文ジャーナル」のあとがきもおもしろいですよ)
内容の良し悪しとか、是非とかいうことよりも、メルマガ作者の方の意見がきちんと 出されているあとがきを読むと、そのマガジンの特色が感じられます。
白紙の49回はどんな内容なのかな?
きっと再配信があるでしょうから、それを楽しみにします。
これからもがんばってください。
どちらのメルマガも楽しみにしています。




私は今、大学で英米文学を勉強しているんですが、ここまで丁寧に読みやすくしてもらえて、うれしいです。しかも、O.ヘンリーは、私の大好きな作者なので、ありがたいです。
ずっと、勉強しながら、楽しもうと思ってます。




前略 After Twenty Years、今は昔、学生の頃を想い出しながら楽しく読ま せていただいております。「英米文学あれこれ」、わかりやすい文章で今後 の解説楽しみにしております。毎日がネットトレーディングの話題ばかりで は、人生愉快ではありません。Emerson の "Nature" 、文庫本買ってみよ うかと思っております。
これからもよろしくお願いいたします。




「20年後」のあとがきは、ボブ寄りで、ちょっとジミーが気の毒になりましたの で、ジミーの弁護を。
ボブは20年ぶりのジミーがわからなかった。金持ちになった自分を友に自慢した がっている。富を得た自分は自慢だが、その地に残って地道に生きるという友の生き 方を認めていない。こういうボブを見てパトロールのジミーは立ち去る。警官のジミーを、権力に寄りかかった「墓石」とみるか、市民の「平和の守護神」と みるかは人それぞれでしょうが。
手紙を持つボブの手が震えていたのは、ジミーの裏切りへの怒りではなく、友の顔も わからず、自慢話ばかりしてしまった自分への後悔であってほしいものです。 20年という歳月が人を変えたのではなく、相手のことが理解できなくなるには20 年の歳月は充分だったということでしょうか。

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