2006.01のつぶやき To Lounge  Index 



実家に帰ると玄関まで迎えに出てきてくれたのは胸毛弟でした。 その腕の中には首が据わったくらいの男の子が収まっています。 胸毛弟は優しくおくるみの位置を直しながら「どうよ?」といいたげに私の顔を見ました。 私は「ああこの子が胸毛弟の子か」と思いつつ「でもジュニアの方がかわいいな」と相変わらずの親ばか思考になってしまいました。

という夢を見まして驚いたわけであります。 ほたちゃんに言わせれば「何で相手もいないのにそんな夢…ふっ」だそうで、きっと胸毛弟が聞いたら悔しさのあまり畳をバンバン叩くことでしょう。 それにしても何故純粋な独身である胸毛弟の子供の夢を見たのか考えていましたが、一つ思い至りました。 実家でこんな会話を交わしていたのです。
「俺な、本当に姉貴の『ほほえみの香りがする』って言葉に感動したんだぞ」
「…はぁ(まだ言ってるのか)」

そして夕べふとジュニアのミルクの缶を見て気が付いたのです。 ジュニアはもう『ほほえみ』を飲んでいないということに。 ちなみに『ステップ』というフォローアップミルクに切り替わっています。 もうジュニアは赤ちゃんではないのです。

そのあたりが適当にミックスされてしまったのでしょう。 結果が胸毛弟の赤ちゃんになってしまいました。 しかし夢の話とは言え、本当にその赤ちゃんときたら顔ばかり大きくて憮然とした表情を浮かべて可愛くなかったのですよ。 そこのところは正夢になってほしくないなあと願っております。

(2006.1.13)


ジュニアに『大きなクリの木の下で』を歌ってやると曲に合わせて踊ることが判明しました。 その仕草がかわいくて何度も歌ってしまいます。 ちなみに『犬のおまわりさん』でも同じ振りで踊ります。 なので踊りが足りなくて、犬のおまわりさんが困ってしまう前に踊りを終了して背中を向けられてしまいます。

ここ数日で歌った『大きなクリの木の下で』は三桁に上ろうとしていますが、そうするとふとした疑問が芽生えます。 何故クリの木の下で遊ぶのでしょう。 花が咲いても地味な上に特にいい香りでもないし、実が落ちてきたら下手をしたら流血騒ぎになってしまうではないですか。 そんなところで遊ぶ『あなた』と『わたし』は暢気を通り越してアホです。

そんなに落ちてくる実に当たりたいなら梅の木の下で遊べばいいのです。 梅の実なら当たっても「ポコン」てな具合で終わります。 運が悪くても熟しすぎた実でベチャベチャになるくらいで済みます。

いやこれは童謡なのだから響きのいい木を選んだだけというのなら桐なんていかがでしょう。 クリと響きはあまり変わりません。 しかも成長も早くて箪笥にも最適です、あまり関係ないけど。

そういうわけでジュニアにはクリではなく桐の下で遊んでくれないかと願う親心でございます。 そしてお嫁に行くときにその桐を切って箪笥を作って持っていくのです。 子供が産まれたらその子に
「お母さんはね、昔この桐の下で遊んだものよ」
なんて語ってほしいのです。 ああ、ジャパニーズロマン。 惜しむらくは我が家は賃貸で桐の木を植えるスペースが無いってことでしょうね。

(2006.1.12)


あけましておめでとうございます。
私の方が喪中にも関わらず年賀状を出してしまった麒麟です。 しかも友人のみならず親戚にまで送ってしまいました。 気にしない人たちですのでサラリとスルーされていることを切望する次第です。

今年の正月は私のほうの実家が忙しいため、ほたちゃんの実家に一泊する以外は自宅で過ごすこととなりました。 考えてみますと自宅で親子三人だらりと過ごす正月は初めてです。 これは楽しまないと損です。 そういうわけで「お正月らしいお正月」を演出してみました。

まずは大掃除。
引越しをして数ヶ月しかたっていないため、幸いにもさほど散らかっていません。 大型ごみも無く、ほこりを払って拭き掃除をするにとどまりました。 ジュニアがいるとはかどらないなあ、と自分に言い訳しつつの掃除でした。

そして買い物。
正月といえば鏡餅ですね。 門松と注連飾りはパス。 御節とお雑煮は必須。 母の手伝いをしていたとは言え、一人で作るには限界があります。 今回は簡単に済んでみんなが好きなものだけにしました。 一の重に鶏はむとローストビーフ、二の重に田作り、伊達巻、かまぼこ、三の重に煮しめと現代風御節でいくことにしました。
「あ、栗きんとんが売ってる」
不意にほたちゃんが言いました。 しかし周辺にはそれらしきものはありません。 首を傾げつつ視線を追うと、栗の甘露煮の瓶がありました。
「あのねえ、栗きんとんは茹でたサツマイモをつぶして栗の甘露煮と混ぜたもののことだよ。ちなみに作りません。無理です。面倒。やだ」
と一気に言い切りました。 それでも視線は瓶から離れません。
「わかりました。きんとんじゃなくて(麒麟母流)カチ栗はどう?甘露煮をオーブントースターで焼いて飴が絡まったみたいになってるの」
「うん、それでもいい」
ということで一品追加。 うーん、煮しめの脇に突っ込むか。

最後に御節。
塩漬けにしていた鶏を塩抜きして袋に入れて湯煎、ローストビーフも表面だけ焼いて袋に入れて湯煎。 ローストじゃないやん、と一人ボケ一人突っ込み。 そいやそいや。
母から貰ったレシピを片手に、田作りはオーブンで三十分加熱すればポキッと折れるはずが折れません。 足りなかったかと三十分、温度が低かったかと更に三十分、時間がまだ足りぬかと三十分、いい加減いやになってガスコンロで炒ってようやくぽっきり折れました。 はいよはいよ。
伊達巻は卵が六個必要ですが、冷蔵庫にスタンバイしているのは五個。 一個のために十個パックを買うのも癪だし邪魔、五個でやっちゃえと勝手にレシピ変更してみました。 焼きあがって味見してみたところ愕然。 何がどうとは言えないのですが、微妙にバランスの崩れた味です。 母に「伊達巻の味が変」とメールしたら「冷めてからが勝負よ」とのこと。 その微妙に狂ってる伊達巻をジュニアに味見させると気に入ったらしく、散々駄々をこねてその日の昼食に食べていました。 ちなみに冷めると普通の味になりました。

ここでほたちゃんと私はダウン。 どうやらジュニアのなんちゃらウイルスが二人を蝕んでいたようです。 おかげでほたちゃんはお腹ピーピー、私は二日酔い親父のごとくオエオエ、非常に美しくない光景です。 その日はそこで中断して、翌日大晦日に煮しめを何とか仕上げました。 大急ぎで買ったばかりのお重に詰め込んでほたちゃんの実家に向かいました。

ほたちゃんの実家では鯛とハゲの半身を頂きました。 ハゲは塩を振って焼いてジュニアの夕飯に出したところほとんど食べません。 ずっと食欲が無かったので仕方ないし捨てるのももったいないし、とほぐし身をご飯に混ぜて私が頂こうとしたところ「あーうー」と口を大きく開けてジュニアが近づいてきました。 「え?何?食べるの?」と差し出すとすごい勢いで食べるではないですか。 「さっきまでのご飯いやいやプイッは何だったんだ…」とほたちゃんと二人、顔を見合わせてしまいました。 鯛の身も鯛めしにしたらやはり勢いよく完食、アラは大人二人のお楽しみです。
「アラ炊きでよろしい?」
と訊いたら
「味噌汁がいい」
好きなこと言ってくれるよ、と苦笑しつつレシピを検索して作りました。

お雑煮は最も好みの分かれるところですが、両方作るということで合意しました。 ほたちゃんのところはお澄ましに鶏と白菜と丸餅を煮込むものです。 私にはカルチャーショックでした。 お澄ましには角餅を焼いて入れるものという知識しかなかったせいです。 すぐに慣れました。 私の方は白味噌に丸餅を煮込んだもの、好き嫌いがはっきり分かれるところですがほたちゃんは特に問題なく慣れました。 「味噌汁は好きだから」という理由らしいのですが、普段の味噌汁に白味噌は使っていないのですが…。

日をずらして三連休に私の実家にも行きました。 今回は実家の引越しに伴い七段飾りの豪勢な雛人形を引き取らなくてはならないため、持っていく荷物は最小限にしなければなりません。 …最小限に抑えていたつもりだったのですが、新幹線移動は絶対無理な量になってしまうのはなぜでしょうね。

日曜日は全員集合になりました。 その準備をしていた母が米が切れていることに気が付きました。
「お父さん、買い物行ってきて」
その二十分後、私は廊下を歩いている父を発見しました。
「お父さん、何でいるの?買い物は?」
「トイレ行ってた」
「そんなものねえ、ジャッと出してピャッと行ってきてよ」
「年をとると筋肉も弱くなるからチョロチョロしか出なくてなあ」
新年早々景気の悪い話です。

胸毛弟が到着。
「あけおめー、ことよろー」
「うちは一応喪中だよ?」
と(己を省みずに)突っ込むと
「だから省略形の挨拶にした。ところでワインは二本持ってきた?減ってない?」
と人をどうしようもないいやしんぼのように言います。
「ふふん、二本ちゃんと持ってきたよ。しかもアウスレーゼも一本ある。でも夕べ一本開けた」
「え…」
胸毛弟は悲しそうな羨ましそうな複雑な顔になっていました。

前歯弟とカノーヴァちゃん夫婦も到着。 それぞれ持参したお酒の瓶を並べるとなかなかの壮観です。 母が「うちはお酒買わないでよかったあ」と笑っていました。 かくして宴会は始まりぬ。 ビールはヱビス、ワインはドイツと日本、日本酒、焼酎とへべれけになるがよいと言わんばかりの品揃え。 料理もおつまみ系ばかりです。 父がしきりに「ワインは回るぞ。口当たりがいいから飲みすぎるんだ」と言っていますが全員に無視されています。 みんな適量を知っているいい大人(多分)が「飲むぞ!」と意気込んで座っているのですから、その指摘は野暮ってものでしょう。 その中、黙々とカノーヴァちゃん作サツマイモとりんごの甘露煮を平らげるジュニアでしたが、途中から漂う酒精にあてられたのか徐々にハイテンションになっていきました。

前歯弟は先日、実家の荷物の片づけをしつつ兄弟三人の作文を読んでいました。 彼に言わせると胸毛弟の日記は説明が下手で先生のコメントのほとんどにクエスチョンマークがついていて「今日弟とけんかした」「何でけんかしたの?」みたいな状態が延々続いているそうです。 作文では「今日ガスのことについて習った。家の中でもガスがたまると怖いそうだ。家に帰ってお母さんにそう言うと『うちは隙間風だらけだから大丈夫よ』と言われた。でもくさい。ガスが漏れていると思ったら弟の屁だった」などとオチがついています。 対して前歯弟の場合、小学校生活の中でも一二を争うメインイベントである修学旅行の感想が「行きの新幹線でトランプをして負けた。悔しかった」で終わっています。
「原爆ドーム(メインです)とかの感想はみんなが書くと思ったから、そういうの書いた」
すかさず母が
「何も考えてなかったんでしょ」
「うんそう」
そして私の作文は起承転結があり、しかも優等生的コメントで締めくくっているそうです。 「そうだろそうだろ」と思いつつ、翌日日記を見てみると「何だこれ」のオンパレードです。 前日見たテレビアニメのサブタイトルを紹介して、内容紹介に続くのかと思いきや人物紹介で終わったり、いきなり関西弁を使ったり、飽きっぽい性分で日がたつにつれ文章の量が少なくなっていったりと悲惨な内容で思わずノートを叩きつけたくなりました。 作文まで見る気力も沸かず、母に日記も作文も全部捨ててくれと頼みましたら「薄情ねえ。じゃあ全部私が持っておくわ。ジュニちゃんが大きくなったら『ほらこれがママの書いた作文よ』って見せてあげる」
何が薄情なんだとかそういう羞恥プレイは好みじゃないとか反論する気にもなれませんでした。 自分の昔の作文って破壊力抜群ですね。 ついでに大学生の頃に書いた小説も見つけました。 こちらはまだ読める代物ですが、登場人物や背景が当時はまっていたものそのままだったので、どシリアスな内容にも関わらず笑ってしまいました。

そういうわけで今回の実家からの土産はひどい羞恥プレイでした。 引越しのドサクサで昔の恥が全部紛失されてくれないかとひそかに願っております。

(2006.1.11)




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