2004.03のつぶやき To Lounge  Index 


やはり恐竜の足音は聞けませんね。 かなり残念なんですが。

さて、ずいぶん暖かくなってきましたが、「春だなあ」というものを見かけました。 黒いワンボックスカーなんですけど、何とも素敵なデコレーションが施されていたんです。 後ろは程良くぼかされた桜の花びらに般若…はんにゃ? サイドにはうねる龍、羽みたいなパーツもついています。

ま、羽パーツくらいなら珍しくもないのですが、その絵はまるで倶利伽藍紋紋。 銭湯ならお断りされるアレそのものな図案です。 自分の背に彫るほどの覚悟はないけどかっこいいから車に背負わせてみたのでしょうか。 すいませんが私には理解できない世界です。 この脳味噌が春な車を見たときには文字通りパッカーンと開いた口がふさがりませんでした。 そしてその車の持ち主らしき人は普通の人の良さそうな笑顔を振りまいていたのが印象的でした。

(2004.03.30)


今月は残業が多かったので時間調整のため今日はお休みになりました。 ひゃっほー。 私は体調不良で比較的グループの中では残業時間が少ない方でして、中にはまとめて四日ほど休暇を取る方もいらっしゃいます。 こういう調整を入れてくれる今の職場は天国ですね。

さてちょっと面白い話を見つけました。 なんと恐竜の足音が発見されたそうです。 「足跡」の間違いじゃないですよ、「足音」です。 何でもジュラ紀地層から発掘された蝋石に心電図のような刻みがあり、それを銅板に転写して増幅したら足音とカラスのような鳴き声が再生されたというのです。 正体は不明ながらジュラ紀に生息していた恐竜のものと見ているそうです。

おおお、ロマンですよ、太古の音が聞けるなんて。 しかもこれインターネット上に公開されているんです。
ここ→ http://www.dinosaur.sound.com
早速アクセスしましたさ。 んがしかし! 行っていただければわかるんですが「ネットワークに問題があります」のエラーが出てしまって、サイト自体見ることができないのですよ。(OperaとIE5.0でチャレンジ) 何だよう!誰が作ったか知らないけど、動作くらい確認してくれよう!

ということで、今は恐竜の足音聞きたさに悶えている麒麟でした。 皆さんも是非悶えてください。

(2004.03.26)


ニュースネタを二件。

いかりや長介さん死去。 これは驚きました。 もう七十歳を超してらしたのですね。 私自身は「8時だヨ! 全員集合」世代ですが親によって見ることを禁じられたためそのころはあまりよく知りません。 その後の「ドリフの大爆笑」の頃はテレビを見る習慣がほとんどなかったためろくに見ていませんでした。(ぉぃ) なので同じ年代の他の人に比べると思い入れが少ないかもしれませんが、それでもテレビの中でいつもいる人だと思っていました。 なんと申しますか、久しぶりに帰った故郷の山が開拓されて住宅地になってたのを見るような、そんなもの悲しさを感じました。 ご冥福をお祈りいたします。

田中真紀子さんの長女の私生活を掲載した週刊誌の出版禁止。 今日ニュースを見ましたら結構大きく扱っておりました。 「裁判所は表現の自由よりプライバシーをとるのか」とぶちあげており、町の声として「これくらい…差し止める内容じゃないでしょう」なんていうのを紹介しておりました。 でもこれはそもそもプライバシーと表現の自由の対立ですらないと思うんです。 だって週間文春の見出しが「田中真紀子氏の長女がどうとか」だったんですよ。(全部は撮されていませんでした) 「真紀子氏の長女○○さん」とすら書かれない人を公人と定義するのはさすがに苦しいのではないでしょうか。

ついでに申し上げれば、マスメディア(週間文春に限らず)は今まで「表現の自由」を盾に報道被害を出して、それをうやむやにごまかしてきたところがあります。 たいていの場合個人対出版社、もしくは個人対複数の出版社となり、泣き寝入りを強いられてきました。 それが個人の訴えも聞き入れられるようになってきたという点において評価するべきではないでしょうか。 ま、マスコミが出版差し止めを好意的に受け止めることはあり得ないんですけどね。 自分たちの特権を侵害されたと憤慨するのが関の山でしょう。

(2004.03.21)


今日はソフトテニスに誘われたので気分転換になるだろうとお出かけしてきました。 ほたちゃんはやる気満々でしたが、私は相変わらずの状態なので見学用のおざぶ持参です。 ソフトテニスは体育館でやるので、床にずっと座っていると冷えるのですよ。 あとは誘ってくれた人には赤ちゃんがいるので子守をしていようかと思っていました。

全然知らない子供が泣いてたら「あーうるさい」と思うくらいですが、やはり知ってる子だと目一杯あやしてしまいます。 無論私は聖人君子でも母性愛あふれる人でもありません、ぐずる子供を笑顔であやすその裏にはしっかり野望があるのです。 その子が中学生くらいの反抗期になって身体は大人、心は思春期のオイシイ盛りになったら「君が小さい頃はねー、おばさん(私のこと)が抱っこするとべそをかきながらよだれをくっつけてねー」と話してあげるわけです。 「おばさん、またその話かよー。聞き飽きたよー」と言われようが呆れられようがことあるごとに話して聞かせて鬱陶しがられたいのです。 それが小さい頃少しでも面倒を見た者の特権ではないでしょうか。

ということで、今日もせっせと子守に励む私でした。 ふふふ、十数年後が楽しみだ。

(2004.03.14)




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