就職 〜探偵への道 安楽椅子探偵篇


今回は安楽椅子探偵について述べよう。安楽椅子探偵とは『一切現場を見ずに事件を解決する人々』である。 例えば『九マイルは遠すぎる』のニッキイ・ウェルト教授、ヤッフェの『ママ』、オルツィの『隅の老人』、ネロ・ウルフ、 『黒後家蜘蛛の会』のヘンリーなどがその代表である。 いずれも現場を見ることなく事件を解決に導いている。 彼らに共通しているのは直観力、論理性、膨大な知識などだけではない。

安楽椅子探偵の必須条件は助手である。しかもただの人ではいけない。 犯罪に出会う確率がバカ高いだけでもいけない。 助手に問われる資質、それは観察力と記憶力である。 安楽椅子探偵は自分で現場検証を行わない。助手が検分したものがすべてである。 故に助手が与える情報が意識的無意識的を問わずに歪められてしまった場合、 導き出される結論も当然的外れなものになってしまう。 これでは名探偵となることは夢のまた夢である。

また語弊を恐れずに言えば、助手は探偵に比べて精神的に下位にいることが望ましい。 「私の情報収集に不満があるなら自分で動けや」などと言われたら安楽椅子探偵は成り立たないからだ。 優位に立つにはやはり己の偉大さを知らしめることであろう。 初対面のうちに実力を披露するのが手っ取り早い。名前くらいしか名乗っていない相手に
「君は一人暮らしで今朝はコーヒーとトーストと目玉焼きを食べてきたね。 ここへはK町を通ってきてデパートでネクタイを買っただろう」
などとズバリ的中させてしまえば、言われた方はあなたの慧眼に感服して、以後優位に立とうなどという野心は抱かない。 ただしこれは相手の人柄を事前にチェックしておくことが望ましい。教祖様と呼ばれて拝まれたりしても困るからだ。

一般的な探偵では職業についても語ったが、安楽椅子探偵では探偵自身の職業はあまり問われない。 有能な助手さえいれば、自身がサラリーマンだろうが、教授だろうが、田舎の主婦だろうが、給仕だろうが、 カフェの隅で紐を結んでいようが構わない。 個人的な好みを言わせていただけるなら、ヒッキーと犯罪者だけは辞めておいたほうがよいとは思うが。

To Lounge   Index