桜色の季節



 降り続いていた雨が上がり、数日ぶりの晴天に恵まれた。
お花見納めをしようと、私が向かった先は、小さな山だった。

 民家の庭先では、ミツバツツジの明るい紫の花が、太陽の光を受けて、輝くばかりに咲いている。
群生した紫花菜の落ち着いた紫にも、別の魅力がある。
ゆっくり歩いていると、道端で健気に咲いている名を知らない花にも、自然に目が向く。
近頃私は、こういうのんびりした日も悪くないと、思っている。
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 民家が無くなると、道が細くなった。
急な坂道は、昨晩までの雨で、まだぬかっている。
乾いた落ち葉の上を選びながら、一歩一歩ゆっくりと進む。
小さな花に目を留めながら、新緑の中を行く。

 歩くこと数分、視界の先に、木漏れ日が射し込んだ明るい場所が現われた。photo
近づきながら、目を凝らして見ると、桜の花びらが見えた。
光をまとい舞い落ちてくる、幾枚もの桜の花びら。
初めて目にした、その美しい光景に、自然の神秘を感じた。

 山の春は遅いかと思いきや、期待していた桜は満開の時を過ぎ、すでに散り始めていた。
見晴らし台から、桜の枝越しに眼下に広がる風景を眺めた。
桜を舞い散らした風が、私の頬も撫でていく。
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 新緑の息吹を感じ、春を満喫した後は、鳥の鳴き声を聞きながら山を下り、少し遅い昼食を食べに行った。
さり気なく素朴な花が飾られた空間で戴いたのは、桜懐石。

 中庭のしだれ桜が風にそよぐのを眺めながら、桜色した食前酒を口にした。
新鮮な筍や山菜をメインに使ったお料理は、素敵な器に盛り付けられ、桜をはじめとした花やグリーンがあしらわれている。
お吸い物には土筆が浮かび、ほどよく暖められた器には、暖かい焼き物が盛り付けられ、贅沢に氷を敷き詰めた器には、桜色したお刺し身が並んでいる。
絶妙なタイミングで次々に運ばれてくる凝った演出のお料理に、目もお腹も満足した。

 今年の春は、カメラが趣味のひとつとなってから、初めて訪れた春。
春の花の目覚めを、今か今かと待っていたので、短期間に随分あちこちで桜を眺めた。
春の思い出には、桜が彩りを添えているけれど、こんなにも桜を満喫したのは、私の生涯で初めてのことかもしれない。

 雨が降るというので、大慌てで写真を撮りに行ったこともあった。
今年の桜は開花を待たずに終わってしまうのかと、雪が積もっていくのを眺めながら、案じたりもした。photo
けれど、見事に蘇った桜の生命力には、驚かされたものだ。
近場はもちろん、権現堂桜堤(埼玉県幸手市)へも足を延ばした。
どこまでも続く桜並木と、鮮やかな黄色い絨毯を敷き詰めたような菜の花畑には、ため息ばかりが出た。

 今日は、来年までの桜とのしばしの別れを惜しみ、山の桜と桜懐石を楽しんだ。
とはいえ、もう少しすると八重桜の季節。
去年デジタルカメラで写した八重桜を、今年はきっともっと綺麗に撮るから、美しく咲いて私を待っていておくれ。

 桜色の季節は、まだ幕を降ろさない。





by kuni92 (kuni92 kokoda)
桜色の季節
98/04/11


この日に撮った山の桜ではありませんが、桜の画像もあります。


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