春待ち花



 手に入れたばかりのレンズと、愛用のカメラをバックに詰め、2月最後の休日、私は電車に乗った。
行き先は上野。
用事があって出掛けたのだが、もしかしたら何か撮れるかもという予感が、靴を履く時から僅かにあった。

 春めいた陽気の中、上野駅を降り少し歩くと、冬ぼたん苑の案内看板が目に止まった。
ぼたんは5月頃の花だと思っていた私は、この季節に咲くぼたんがあることを初めて知り、時間があれば帰りに足を延ばそうと考えた。

 予定の用事を済ませた後、まずは不忍池に向かった。photo
弁天堂の写真でも撮ろうかと思ったのだが、気がつくと、歩く側まで寄ってくるカモの姿をカメラに収めていた。
春の訪れを待つカモの群れと一緒に池を泳ぐ、白い羽をもった名を知らない水鳥。photo
その低く舞い飛ぶ姿に心惹かれた。
カメラを構え、ファインダーの中に収まったところで、何度かシャッターを切った。

 冬枯れた桜並木を歩き、冬ぼたん苑へと向かった。
道に張り出した桜の枝には、無数の蕾が見える。
花が一斉に開いたら、さぞ綺麗だろうと思いながら歩いて行くと、うっすらとピンクに包まれた木が見えた。
そこだけ早い春が訪れているようだ。
桜、かなぁ。
近づくにつれ、地味ではあるが桜の風情が感じられる。
木についている名札を見ると、寒桜とある。
あちこちで寒桜が咲いているとは聞いていたが、思いがけず見ることが出来て、ちょっと感激した。

 冬ぼたん苑は東照宮の境内にあった。
白壁に瓦の乗った壁で中は仕切られ順路になっていた。
その白壁は、京都東福寺の紅葉が映えていた塀を、懐かしく私に思い出させた。
肝心の冬ぼたんは、見頃の時期を過ぎていたのは残念だったが、藁囲いの中で咲く姿は、堂々とした風格を漂せていた。
春はまだこれからだということを忘れてしまうような、色とりどりのぼたんを眺め歩き、好みの表情を見つけると、シャッターを押した。
白い花も綺麗だったが、レンズを通して覗くと汚ればかりが目に入ってしまう。
白は白いからこそ、美しいのだと改めて思った。

 しばらく進むと、ひとつの藁囲いの中でピンク色のぼたんが3輪、仲良く並んで咲いているのを見つけた。
散り始めた花ではあったが、しばらく立ち止まって見ていた。
競い合って咲いている様は、ひな壇に並んだ三人官女を私にイメージさせたからだ。

 ぼたんの間では、福寿草がつやのある鮮やかな黄色い花を咲かせていた。
岩の陰に咲く水仙も、春が近いことを知らせていた。
参道に面した場所には梅の木があり、淡くピンクに染まった花を開いていた。

 ようやく出口が見えたと思ったら、そこは第二会場への入り口だった。photo
あら、まだ続くのかと驚きながら進んでいくと、どこからか梅の花の良い香りがした。
入り口を入ったところで芳香を放っていたのは、八方に伸ばした枝にほんのり淡いピンクの花をこぼれるばかりにつけた、しだれ梅の姿。
その薔薇を思わせる可憐な蕾を、新しいレンズで狙った。
しだれ梅の手前には、馬酔木(あしび)の木が小さな花をつけていた。

 日に日に暖かくなっているとはいえ、まだ咲いている花の少ないこの時期に、思いがけない場所で一足早い春を満喫した気分がする。
この気分を皆さんとも分かち合えるので、カメラを持って来て良かった。
私を撮ってと咲いていた春を待つ花たちに出逢えたことは、新しいレンズの使い始めに相応しく、これからの花の多い季節の訪れを楽しみにさせてくれる。

+ + + + +


 昨夜降り始めた雨は、朝方、雪に変わった。
降ったのは、珍しい大粒のぼたん雪だった。
ふわふわと舞い落ちる雪を見ているうちに、藁囲いの中で微笑む冬ぼたんの姿が、私の脳裏に鮮やかに思い浮かんできた。





by kuni92 (kuni92 kokoda)
春待ち花
98/03/01


春待ち花の画像もあります。


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