八重桜の下で



 花の咲いていない木をみつけた。
その木は桜の木だ。
辺りの桜が散りだした頃に通りかかり、てっきりもう花が落ちた後だと思っていた。
その後、あれは八重桜だからこれから咲くのだと教えてもらった。

 その日から、開花の日が待ち遠しかった。
徐々に咲いていく様子が見たかったのだが、先日気が付いたら満開になっていた。
ちょっと悔しい。
緑の木々の中、ピンクの濃淡と真っ白な色のかたまりは目を奪われる。
ついこの間までの木とはまるで違う。

 その木は、ある学校の敷地の中に立っている。
学校といっても、気軽に入って行ける場所ではないようだ。
敷地内立ち入り禁止の札が、フェンスのあちこちに、何枚も取り付けられている。

 それでも写真が撮りたかった私は、塀から道路に突き出た 遥か頭上の枝に、真下からカメラを向けた。
・・・ひどい画像だった。
フェンス越しにもシャッターを押した。
・・・当然遠くに小さく写った桜は輪郭だけで、なんだか訳解からず。
やっぱり近付いて写してみたい。好奇心旺盛、怖いもの知らずのずうずうしさで、敷地内に入らせてもらえないかお願いしてみることにした。
花との出会いも一期一会。
来年も同じ思いで、同じ花に会えるとは限らない。

 数日後の良く晴れた日、桜の木の傍らで、お茶の木の手入れをしている管理者の姿をみつけた。
駄目で元々。思い切って、"八重桜の写真を撮らせて頂けませんか"と声を掛けてみた。
すると、日に焼けた顔をこちらに向けて、"どうぞ、どうぞ、お気を付けて"と快い返事が返ってきた。

 満開の桜を目の当たりにすると、フェンス越しに見て想像していたよりも本数は数倍多い。
種類も色々あるようだ。圧倒されるような八重桜の迫力に、少し緊張しながらも、吸い込まれるように近づいていった。
見ているうちに、幼稚園や小学校低学年の頃に作った紙の花のことを、思い出した。
白やピンクの薄い紙を数枚を重ねて、山折り谷折りアコーディオン状に折り畳み、中央を輪ゴムでとめて、両端を花びらのように開いて作る紙の花のことを。
八重桜は、あのころ指先につけて踊った花に似ています。

 木漏れ日がさす満開の桜の下に自分一人がいることの贅沢さ。
写真を撮ることも忘れて、しばし上を見上げてたたずんでいた。
木々の間を吹き抜けてくる風が心地いい。
静かで穏やかな時間。
八重桜をこんなに近くでみたのは、もしかするとこれが初めてかもしれない。
色々な枝の、色々な表情を探し歩いた。
靴の中に土が入ることも気にせずに。

 ふと視線の先の一枝が気になり近づいてみた。
幾重にも重なった白い花びらの中心を凝視すると、黒く動く物体を発見!
な、なんと毛虫が・・・。
私はその時になって初めて、先ほどの"気を付けて"の言葉の意味が解かった。
自然の中に、足を踏みいれたのは私なのに、先住者に驚くなんて失礼な話。草花についているてんとう虫やかたつむりなら可愛らしくて、葉の裏に付いているなめくじや、花の蜜を集めている蜂を見かけると驚いて、私を含めて人間って、ずいぶん勝手な生き物。
でも、刺されなくて良かった。

 お礼を言って帰る時、枝先に花を5,6個つけた八重桜の花が、地面に落ちているのをみつけた。
土の上から3束程拾い上げて、元の方を合わせて持つとフワッとしたかわいいピンクのブーケになった。

 つぶれないように大事に持ち帰り、水を張ったグラスにそっと浮かべてみた。
今日の贅沢な時間が蘇ってくる。





by kuni92 (kuni92 kokoda)
八重桜の下で
97/04/27


八重桜の画像もあります。


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