静かに存在する村



 花の綺麗な場所がある。
そう人から聞いたのは、随分と前のことだ。
一度訪れてみようと思いながらも、近くだからいつでも行けるだろうと、後回しにしていた場所。

 あの日、花の写真を撮ろうと車を走らせた時には、頭の端にすらなかった。
1時間近く走り回ったが、桜は当然散り始めているし、期待していたような風景は見当たらず、しかたがなく家に戻ることにした。
行きとは違うルートで帰る途中、フッとその場所のことを思い出した。

 案内看板が、数ヶ所に立っていることは知っていた。
山道の中腹にある入り口を選び、右にウィンカーを出して曲がった。
細い道なので行き違いは難しい。
対向車が来ないことを祈りつつ、進んでいった。
左右は雑木林。
あまり整備のされていない道。
その後、案内看板はないのだが、一本道だから間違えることはない。
そのうち着くだろうと、どんどん走った。

 しばらく同じような光景が続く。
心細い思いでいると、目の端に黄色いものがとまった。
左に顔を向けてその方向を見てみると、菜の花が咲いていた。
近くに家があるのかも。
山がだんだん開けていく。
少しすると前方に民家の屋根が見えてきた。
ホッと一安心。緊張がほどけていく。
先にもポツポツと民家がある。
近づいて行くと、通り沿いには色とりどりのチューリップが風にそよいでいる。
街中では散り始めている桜も、ここでは今が最盛期とばかりに咲き競っている。
スピードを落とし、花を眺めながら進んでいく。
少し前まで続いていた雑木林の景色とはまるで違う。

 でも、何かがおかしい・・・。
そう、人の気配がしない。
その上、辺りをよく見ると、どういう訳だか風車(かざぐるまと読んでください)がたくさん立っている。
背の高いもの、低めのもの、色もとりどりにあちこちに見える。

 まるで異次元の世界に迷いこんだ様な、不思議な光景。
ずっと以前に読んだSFに似たような場面があった気がする。
不安な思いにかられる。
関係ない、関係ない、自分で打ち消すように首を振る。
うららかな春の日なのに背筋が寒くなる。
風が木々をゆらす。風車が回転する。
それらの音だけが耳に入ってくる。
ザワザワ・・・、カラカラ・・・。

 あの山道を走り抜けた時に、時空を超えてしまったのか・・・。
でも、前にもどこかで見たことのある風景。
道に迷った時にこういう場所を通ったことがあったのだろうか。
ここを通るのは初めてだし、夢で見たのでないことも確かだ。
どこだったのか思いだせない。
故郷というイメージは、こういう場所に似ているのかもしれないが、人の気配がないなんて。
懐かしさとは違う思い。
頭の中が混乱していく。

 そんなことを思いながらも進んでいくと、腰を屈めた老婦人の姿が見えた。

 人がいた・・・。
更にその向こうから、セーラー服を来た少女が、のんびりと歩いてくる。
あぁ、ここは現実の世界だった。
ホッと安堵した。

 ふと通りかかった山あいの村で、終わったと思っていた桜に出会えたことが、私の不安を高めていたのだろうか・・・。

 人に聞いた花が綺麗だという場所は、その後に寄った。
そこに咲いていた花は、確かに綺麗だったが、あの静かな村で見た色鮮やかな花の印象が強い。
足早に一周しただけで、車に乗り込んだ。
帰りは遠回りでも別の道から帰ろう。

 とても疲れた春の昼下がりだった。




by kuni92 (kuni92 kokoda)
静かに存在する村
97/04/16


翌年(H10.5.5)この場所で撮ったケマンソウです。


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