ヤドカリ





 K君は都内の中堅どころの大学に通っている。めったに休まないが、最近1年ほどは講義に出ないで大学生協や構内のベンチで過ごしている。

 何をしてるかといえば、スマートフォンを操作しているのだ。

 通学の行きも帰りもスマートフォンから目を離さない。電車内で一般にみられる光景だが、K君の場合、度外れた重度のスマホ中毒状態なのだ。食事中も目を離さないし、入浴時も持ち込む。家人の誰もそれを注意しない。父親も母親も姉も、中度のスマホ依存症だからしょうがない。

 ある夜、眠っているK君をスマートフォンが起こした。「もう限界だ、死んでやる、労災認定されるぞ」とスマートフォンが叫んだ。K君は目を覚まされて「うるせい!しんじまえ!」とスマートフォンに向かって叫び再び眠りについた。

 翌朝起きるとスマートフォンはうんともすんとも反応しない。うん自殺したか?

 K君は息せき切って最寄りのショップに走った。心持ちスマートフォンが軽くなった気がした。死んだら重くなるのに変だな。ショップのドアを開けると同時に「壊れたみたいでみてくれませんか」と叫んだ。

 白髪まじりのショップの店長は、手に取ってみて即座に言った。「はは~ん逃げられましたね。最近多いんですよ、この手の故障。突然中味がもぬけの殻になるんです。」

 「冗談じゃないよ、ヤドカリじゃあるまいし」とK君。

 「まだ原因不明ですが、どうも酷使が原因かなって、私は最近思うんですが......」と店主。

 K君は苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。

そうか、死ぬのが怖くなって逃げたな、どこかで生きてるに違いないんだが......。

 店主が言った。「修理できませんから、新しいのお買いになったらどうですか?」
K君は、はたと我に返って、「すぐください」と叫んだ。

 店主があれこれ機能がどうのこうのと説明するのを遮ってある機種を指さしたが、ふと現金がないのに気がついて、「金もってくるからそれまでにすぐ使えるようにしておいてください」と言って、再び脱兎のように走った。

 店に戻ると早速新しいスマホを手に取った

 「この空っぽのスマホどうします?」と店主。

 K君は考えた。やつめ改心して戻ってくるかもしれないな。

 「持ち帰ります」とK君。

 家に帰る間ももちろんスマホの操作に没頭している。ソーシャルメディアを探しまくった。うん?あったオレと同じだ、こいつも逃げられたな。

 1週間、2週間……スマホが抜け殻になるという投稿が増えて行き、やがてソーシャルメディアはこの話題で溢れた。スマホは売れに売れたのは言うまでもない。