老紳士がシャンソンの流れるおやじバーでゆったりと朱鷺色のコクテールを飲みながら葉巻をくゆらせていた。
やがて曲がラ・マルセイエーズに変わった。
突然風景がセピア色に一変した。
と、中央に置かれた金色の大きな壺がグラッグラッと動き、軍服に身を包み声高にラ・マルセイエーズを歌う男どもが壺から煙とともに現れた。
店内がざわついた。
うるせいな、とバーテンダーのおやじが青筋を立てて怒鳴る。おやじの横に立っているチャイナドレスの若い女がサムシングスペシャルのボトルを掴み男どもめがけて投げた。客の頭をかすめて壁に当たり粉々に砕けた。たちまちウヰスキーの香りが降り注いだ。
おやじが叫ぶ。バカヤロー歌ヤメロー!と。
ちがうちがう、奴らはフランス人だろ、シャンテ!(歌え!/Chantez!)だ、と老紳士が叫ぶ。
軍服の男たちが一斉に老紳士をじろっと見る。ハネ上った口髭がもぞもぞっと動き、歌が止み、薄紫の煙になって男たちは壺の中に吸い込まれた。