何者





  明かりのあるうちに、生さなぎの入った一袋を担いで国府津海岸の砂利浜へ向かった。浜を何度も行き来して、なんとか離岸流とおぼしき潮流を見つけた。離岸流は遊泳者をおぼれさせる恐ろしい潮流だが釣り人にとってはこの上ない恩恵だ。
他に人はいない。

  杓でさなぎを手前から撒き潮流に乗せる。一袋の半分くらい撒き終わったころ、針にさなぎを付け軟調の投げ竿で離岸流の七十メートル先に、エイッと投じた。

  三十分ほどで三十センチのクロダイ。鮮やかにきらめく魚体。投じるたびに釣れてくる。気をよくし置き竿した。ザックから四合瓶を取り出し、メタルコップに酒を注ぎグイッ。一休み。

  夕まずめ。周りには人の姿はない。ヘッドライトを付ける。酒をグイッ。酒をグイッ。酒をグイッ。と、置き竿が倒れた。おもむろに竿を立てる。重い。リールを巻くと竿が大きく弧をえがく。総毛立つ。根掛かりか。いや違う。少しずつだが寄ってくる。

  遠くに明かりがゆらゆら波間に見える。誰かの電気うき仕掛けとお祭りしたのか。いや、ほかに釣り人はいないはずだ。

  リールを巻く。それに同期して明かりも近づいてくる。でかい。丸まる太ったクロダイを砂利にずり上げる。フィッシュグリップを口に掛けるのにてこずる。ヘッドライトが電池切れ。背後からへッドライトの明かり。人間らしき声。「危ないとこだったよ。鉛のおもりが当たるとこだった。鉛は有害物質規制に違反するよ、いつまで使ってるんだよ。お前が釣ったのは主だよ。長いことさなぎばかり食らったから、ぶよぶよでクセイぞ…おっと、こうしちゃいられねえ。」ようやくグリップを口に掛けて振り向いた。

 声の主の姿はすでに遠くにあってちっちゃなヘッドライトの明かりのみがチラチラ......