ぼくは東側の堤防の先端に陣取り、電子ウキの灯りの揺らめきにじっと目を凝らしていた。ヘッドランプは点けていなかった。月夜だからである。潮は左から右に流れている。よし今日はいけるぞ。
落ち着こう。先ずは、竿を置き、スキットル・ボトルを取り出しウヰスキーを一口。
と、背後から人の声。ビクッとする。
「釣れてますか。ああ驚かせてどうも・・・」
よくある状況だがいつもビクッとさせられる。
「始めたばかりなんで・・・」と常套句で返事をする。
「いいものをお持ちで」とスキットル・ボトルを指さす。
振り向くと夜釣支度の老人。瓢箪顔が変に歪んでいる。ひょっとこにも見える。
「ヒョ、日本製じゃありませんね」
空気が漏れているような声。
「ドイツ旅行したとき買ったものですよ」
「ほう~どおおりで。ご立派なものですね。・・・ところで知ってますか、先週、向こうの浜でどざえもんが上がったそうですよ、なんでも高級な和竿を握りしめてたそうですよ。二人で釣りしてたようで、相棒はまだ行方不明みたいですよ。どざえもん見つけた人、竿どうしたかな・・・」と老人は云ってヒッヒッヒと低くうなずく。
嫌なことを云うやつだ。なにか心持がよくない。
と、老人は背を向け、肩を左右にゆすりながら西側の堤防に向かって歩き出した。
ぼくはもう一口ウヰスキーを口にし、気を取り直して、釣りを再開した。
しばらくするとウキがゆっくり水中に没した。アタリではないな。竿を軽くあおる。やはり根係か、厄介なこった。道糸をつかんでグイと引いた。ズシリと鈍重な感触。あまり無理すると電子ウキも外れてしまう。
なんだか足元から恐ろしさが這い上がってきた。先ほどの老人が言った相棒がどざえもんになって糸の先に・・・・・・ 。
思わず強く糸を引き切った。電子ウキだけが解放されゆらゆら潮に乗って流れていった。海面から恐怖の息吹が吹いてくる。たまらず竿をたたみ帰り支度をはじめたが、手が思うように動かない。
もどかしさを振り切って少し歩きだしたところで西の堤防のほうを見ると、月夜に老人の釣姿が影を作っていた。なんだかひょっとこ踊りでもしているように影が揺らめいている。
しばらく歩いて立ち止まり迎えに来てもらうために妻に電話を掛けた。もう一度西堤防のほうを見ると、はたして老人の影はなかった・・・・・・。